波多野 有川さんは、リアルな組織体験とかがおありなんですか。ご自身の会社勤めなど、そういうご経験はいかがでしたか。
有川 経験ですか。実を言うとあんまりなくて、わりと中小企業を転々と回っていた人なんですが。
「事務をやりながら営業もやれ」みたいな感じの、結構めちゃくちゃな会社にも勤めたことがあります。作品を描くうえでは、基本的に社会人として尊敬できる友人が多いものですから、組織というものがどういうものかというのは、彼らの話を聞いて学習できます。あとはやっぱり、一番大きく学習させてもらったのは自衛隊かな、という感じがしますね。
組織のカギは「常識」と「専門用語」
波多野 図書館の中のヒエラルキーとか、大きな組織の中での力の配分とかをよくご存じだなという印象を持ったので、そういう経緯がおありになるのかと思いました。
有川 でも、どんなに小さいところでも、そういったヒエラルキーはありますよね。
波多野 確かに、どこかに「所属する」ということから出てくるいろいろな軋轢は組織の規模を問いませんね。
-- 3人集まれば組織だ、って話もある。
有川 名前が全然通ってない、立ち上げたばっかりの小さい会社なのに「一流大学の新卒を採ってこい」とか、むちゃなオーダーが来たりして、「もうどうやったらいいんだろう」と考えたりしますよね。そういうような経験とかも役に立っているかな。そんな話はいっぱいありました(笑)。
波多野 その無茶な話に、果敢に立ち向かう方だったんですか?
有川 いや、果敢には立ち向かわなかったですけど(笑)。組織の中でやれることと、やれないことの見極めみたいなものについては、特別なスキルがなくても、ある程度の常識があれば分かるものなんだなって知りました。あとは、専門的な用語(テクニカルターム)を知っているかどうかの問題でしかないというのが、すごくよく分かりましたね。
例えば、私が『図書館』シリーズで、「これこれをしたい」と思った場合、私の立場では、まず(メディアワークスの)担当さんと話をして、話を詰める。例えば『レインツリーの国』(新潮社)を出した時の話ですけれども、私は他社とコラボ作品をやりたいと。そういう時に、「この企画にはこういうメリットがある、先方が受けてくれる勝算もあると私は思っている、その根拠はこうです」という説明をするんです。そうしたら、あとは、編集部で話し合ってくれるわけですよね。
※注: 『レインツリーの国』は、『図書館内乱』に登場する架空の本『レインツリーの国』を新潮社が実際に出版したもの。出版社を超えたコラボレーションとして話題に
そういう具合に、実現までの詳しい経緯は知らなくても、そこにつながる経路を知っていたら、あとは調べるだけで、もっともらしいことは書けるじゃないですか。例えば、一番身近なのはうちのダンナの会社になりますけれども、これこれこういうことがしたい場合には、部署としてどういうふうに上げていって実現するのか、みたいなことは人に聞けば済む話なんです。
その中で動くであろう人の感情、それを考え、それを書くのが私たちの商売なので。
大人の背中を見せてやれ!
波多野 そんな中に、魅力的で、破天荒な上司をいろいろ配されて、しかも主人公が女性なので同じ目線で楽しめる、女性読者にとってもおいしい構造になってますけど。やっぱり、男性キャラは、理想の男性像ってことなんでしょうか。
有川 理想の男性像といっても、私にとってキャラは他人(※)なんですよ。まあ、現実によくできたダンナがいるものですから、ダンナの影響は多かれ少なかれ混じっているかもしれません。でも、担当さんに言わせたら、「有川さんの書く男の人には有川さんの好みがちょっとずつ見え隠れしている」とのことですが。要するにダンナの欠片がちょびっとずつ入っているというか。
波多野 どのような好みなのかは、ご主人を存じあげないので分からないですけど、主人公が恋する男性には、共通する人間像というか、一本筋が通っている感じがしますよね。
有川 それが私のキーワードであるところの、「日和らない」ために「あがく」とか、そういうところになってくるんだと思うんですけどね。
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