有川 あとすごいと思ったのは、世襲制にしなかったこと。なかなかやろうとしてやれないものですよね。自分がここまで大きくしたら、つい自分のものにしちゃいたくなるところを。

 あと、意味がなさそうなことにとことんまでこだわるところが、逆に格好よかったですよね。(バイク用エンジンの)楕円ピストン採用とかも泣けるお話で、「もう無理、そんなの無理、それだけは失敗」と、みんな思っているのに……。

企業人だって、格好いい

-- 楕円ピストンのエンジンでグランプリ挑戦を4年間も続けたんですよね。2ストロークエンジンに4ストで対抗しようとした「走る実験室」そのもののプロジェクトで。これを搭載したバイク、NR500は結局一勝もできずに終わって、「あたらカネと時間を無駄にした」批判もあるけれど、挑戦する姿勢と人材が育ったという評価もある。

 どうですか、企業組織の中の人に対して、「日和らずにあがく」意味での興味は向きますか。

有川 向かないということはないですね。例えば航空技師が出てくるじゃないですか、『空の中』で。その時にはYS-11の開発史とか、そういった本もだいぶ読みました。

 それで思ったのは、魅力的な大人というのは、基本的なところに子供の部分を忘れてないんですよね。

-- 子供の部分ですか。

有川 本田さんのお話やエピソードを聞いていると、そんな感じがする。YS-11の開発者たちも、意見が折り合わなかったらあわや取っ組み合いのケンカになったり…あわや、じゃなくてホントにやっちゃってたのかな? ちょっと記憶が曖昧ですけど。

 自分たちは妥協や、折り合いをつけるということを覚えちゃっているから、折り合いをつけようとしない人は、すごく異端で、でも愛すべき人になっちゃうんじゃないかな、と思いましたが。

-- 「妥協を覚えることが、大人になるってことさ」なんて、私たち、ついつぶやいちゃうんですけどね。ああ、そういえば「妥協」や「折り合い」をしないから、本田さんは愛されたってお話を、最近ホンダのOBの方から聞きました(「本田宗一郎」がここにいる! ホンダOBが駆けつけるある映画」)。

作家には「ライブ」派と「プロット」派がある

-- ところで、有川さんの小説の中で「あがく」キャラクターは、どう作られるんですか。

有川 その人たちについては、あまり最初から詳しい設定は詰めないんですよね。プロットも立てずに、その場のノリで書いていたり。

-- いわゆる、キャラクターが自ら走っている、という?

有川 全部そうですよ。全部、キャラクターが勝手に走って、最後に物語としてまとまっていく…みたいな。これも本当に何度話したか分からないんですけれども、作家さんにはプロット派とライブ派というのが大別できる。プロット派というのは、最初から最後までプロットを立てて、「よし、これなら最後まで書き終えることができる」という安心感で書けるタイプの人。ライブ派は、「よし、これなら書き出せる」という感触がつかめたら最後までいけると思うタイプ、だということを先輩にちょっと教わりまして、だとしたら私はライブ派だろうなと。

 だから、最初の取っ掛かりのワンシーン、例えば極端に言えば、最初の1行さえつかまれば、あとはもう何とかなる、みたいな。あとはキャラクターが、それこそ勝手に走りまわって何とかしてくれる。そういう書き方をしていますね。これは、どちらがいい、悪いの問題ではなくて、どちらが自分に合っているかということなんですが。

-- 『図書館戦争』では、最初はどんなキャラクターを立ち上げたんですか。

有川 『図書館戦争』では、主役の笠原をバカな女の子にしよう、という設定だけはあったんですよ。バカで開けっぴろげで、山猿な女の子というだけは決まっていて(笑)。

 今までは、わりとおとなしくて良い子な女の子ヒロインが多かったので。「今回は、ちょっとはっちゃけた女の子にしてみようよ」と、担当さんからの示唆もありまして。

 じゃあ、バカにします、という感じで、そこでドーンと(笑)強烈に。なのでサラッと書けちゃいましたね。最初に出した原稿では、郁の口が悪すぎたんですけど…。

-- …これより悪かったんですか。

有川 はい(笑)。

「あなたに憧れてここに来ました」と言われたら…

-- ヤボですけど、上司(堂上)と部下(笠原)というところから見ていただくと、堂上はどんな上司なんでしょうか。最初笠原は堂上に噛みつきまくりますが、ゆっくり理想の上司になっていきつつあると……、最近は理想の「上司」から、だんだんはみ出しつつあるとも言えるわけですが。

有川 いや、そうなんですよね。何ていうか、堂上にとって笠原はすごく困った存在だと思いますね。自分と組織との段差を、あがきつつ埋めつつ成長し、それなりに、自分なりに、「よし、今の俺はあの頃よりはマシになったんだ」って思っていたところに、昔の自分と同じコトをするヤツが出てきて。

 それって、いても立ってもいられないですよね。恥ずかしいというか。本編の中でも自分で言っちゃっていますけど、「お前、昔の俺のマネをするな!」みたいな感じになるじゃないですか。

 たぶん、初めて2人が会った時の衝撃とか、そういったものも残っていて、彼女(笠原)に対する好意とかも、もちろんあって、そのうえで笠原が(自分の仕事まで)追い掛けてきちゃった…というのがうれしい反面、あの時あそこで自分があんな「バカなこと」をしなかったら、こんなところに彼女は来なかったんだ、という、そういう後悔もあったりするでしょうし。

-- こんなところに、というのは、堂上は、図書隊という銃撃戦もアリの危ないことをさせる場所に、女性が来るのは、みたいな意識ですか。

有川 そういう感覚もあるでしょうけど、図書隊は、笠原が信じているような組織じゃないということを知っているからだと思います。笠原が正義の味方になりたくてここに来ちゃったことを、分かっているからですね。

-- あっ、なるほど。「あの時の、先輩の言葉に惚れてこの会社に入社しました!」なんて、言われるような気分か。

有川 きっと堂上は辛いわけですよ。

-- …辛そうです。

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