※2007年2月22日に日経ビジネスオンラインで公開した記事を再掲載しました。記事中の肩書きやデータは記事公開日当時のものです。

『図書館戦争』!

『図書館危機』 図書館戦争シリーズ第3作にあたる最新刊(有川浩著、メディアワークス、税抜き1600円)

図書館危機』 図書館戦争シリーズ第3作にあたる最新刊(有川浩著、メディアワークス、税抜き1600円)

 タイトルでやられた。本が好きなら、これはちょっと手に取らずにはいられない。

 ハードカバーの本の扉を開けると、実際に図書館に掲げられている「図書館の自由に関する宣言」が目に入る。時代は平成ならぬ「正化」。このパラレルワールドで語られるのは、すべてのメディアの検閲を合法化する「メディア良化法」が施行され、法務省傘下の「メディア良化委員会」による出版物の没収が横行する時代。狩られる本を守るのは「図書館の自由に関する宣言」をベースとし、「図書館の自由法」を掲げる図書館だった…。

 女子高生の時、買った本を店頭での検閲から救ってくれた「図書隊員」の背中を追って、同じ職に就いた笠原郁を主人公に、怒濤の市街戦とラブコメを繰り広げる「図書特殊部隊(library task force)」の活躍を描くエンターテインメント。この本はフィクションもののハードカバーでは異例の11万部を突破し、続編『図書館内乱』(8万部)を経て、第3巻『図書館危機』が2月10日に発売された。

 読んでいると電車の中だろうが噴き出してしまう軽快なダイアローグ、それこそ噴き出しそうな無茶な設定を「あるかも」と思わせる、世界の作り込み。しかし、アクション、ラブコメだけなら面白い小説はほかにいくらもある。

 「自分が信じられる組織で、信じ合える上司や仲間と働きたい」という読者の思いが、本の自由を守る「図書隊」という設定に響いているんじゃないだろうか。会社や官公庁の倒産、不祥事が続出する中、我ながら、いかにも経済誌あがりの編集者っぽく、そんな想像が浮かんできた。

 だっておっさんの年になった自分には、組織の中で彼らを導く「上司」どもが、なんともステキに見えて仕方ないのである。

 そしてこの物語の作者、有川浩さんは、なんと主婦。ミリタリー的な細部へのこだわり、情け容赦ない組織の描き方、大変大変失礼ながら、いったいどんな経験を経てこの物語を書いたのかにも興味がわく。以前、映画「時かけ」の取材でご一緒していただいた主婦兼ライター、波多野絵理さん(彼女もこの小説の大ファンだ)を助っ人に引っ張り出し、インタビューに伺った。写真は「ただの会議室をスタジオに変える」男、大槻純一カメラマンにお願いした。

(日経ビジネスオンライン 山中 浩之)


-- シリーズ第1巻『図書館戦争』の帯には「正義の味方、図書館を駆ける!」とありますよね。

有川 ええ。

-- 日々、働くということは、「お金を得るため」という大前提があったとしても、その組織で働くことが、世のため人のためになっていると信じていたい心があるんじゃないでしょうか。それが、以前は普通に信じられてきたことだと思うんです。ところが、山一証券が倒産したあたりから始まって、いわゆる「失われた10年」を経て、「自分が属している組織がこんなヒドいことをやっていたんだ」とか「会社の体をなしていなかったのか」ということに気がついてしまった。

 もしかしたら自分は世の中に迷惑を掛けてしまうような組織にいるんじゃないかというような、足場のふらつきみたいなものへの不安が、読者さんたち、特に30代以上の世代を中心にあるんじゃないか、と思うんですよ。

 『図書館戦争』はもちろん、『塩の街』『空の中』『海の底』と、有川さんの一連のシリーズは、主人公たちがみんな「自分のできることの限界」を自覚しつつ、正義の味方…というか、よき事をやっていこうとする。読み手には、「それを認める組織で、そういう仲間と一緒に働きたい」という思いがわいてくる。そんなことが、『図書館戦争』シリーズが大ヒットした背景にあるんじゃないか、と、仮説を立ててみたんですが…。

有川 あぁ、なるほど。

-- だとしたら、有川さんが考えている「よき組織」、あるいは「こうあってほしい上司」とはこういうやつだ、というようなお話を伺ってみたいんです。

「正義の味方」の組織なんて、あるわけないですよね

有川浩氏

有川浩氏

有川 …。…う~ん。まず、『図書館戦争』の帯の「正義の味方」という単語は、ある種の皮肉を込めたキャッチコピーでもあったりするんですよ。実際に、完璧な正義の味方には、なれっこないのだけれど、「でも、正義の味方にはなりたいよね」みたいな感じ。そういったことを込めて、わりと逆説的な感じで採用したんですね。

 ですので、「よき組織」についてとなると……。

-- これまでの作品で書かれてきた組織というのは、『塩の街』で陸上自衛隊、『空の中』で航空自衛隊、『海の底』では海上自衛隊と警察機動隊という組織ですよね。

有川 はい。

-- 会社員の我々からすると、公務員の方の中でも、消防士さんとか、お巡りさんに子供が憧れるみたいに、そこに属しているだけである程度は……。

有川 尊敬が得られる。

-- 尊敬が「得られる」でもあるでしょうし、ある程度「正義の味方」的な立場というところもありますよね。自衛隊や警察を題材に書かれてきたことに、そういう意識をお持ちではなかったんでしょうか。

有川 ……自衛隊は、結構厳しい状況の中でやっている組織だと思っていますよ。社会的な認知でいくと、そこに属しているだけで「尊敬が得られる」という組織ではない。苦労してやっていらっしゃる組織だなと思っています。

-- なるほど。

ベストの方策を採れない中で、踏ん張れるか

有川 何かがあった時に、「これがベストだ」という方策があるとするじゃないですか。でも、自分が思うベスト・オブ・ベストなことができないことの方が、多々あるのが現実であって。特に『海の底』では、そこを強く意識して書いていたんですけど、ベストの方策を採れないけれども、それでも踏ん張らなければならない。制服を着る立場の方々に感じるストイックさ、そこからにじみ出る格好よさみたいなものは今まで自衛隊の取材なども通して感じてきたので、その思いをこめて書いた部分はありますね。

 できることなら、制服を着ない公務員の方にもストイックであってほしいというのは、真意としてあります。

-- そうか、確かに、作品に書かれていることは「制服を着る組織は良きもの」「制服着れば正義の味方」というような安直な目線ではないですね。むしろ、組織に属する個人に、ベストの方策を採らせない「組織の力学」があって、その中で、いかに…。

有川 その中で、その個人がどれだけ踏ん張れるか。

-- …ということですね。

有川 組織に属していると、どうしたって、理想の自分と組織の求めることの間に、齟齬というか、段差があって、その狭間でみんな、あがくわけじゃないですか。

 「こんなものだよな」ってあきらめてしまう人よりは、その中でちょっとでも格好よくありたいとあがく人の方が、私は好きかな。格好いいと思っているんです。

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