筆者は先月、深セン市内で引っ越しをした。日本でも何度か経験しているが、深センでの引っ越しは母国でのそれよりもスピーディーだった。物件探しや契約など、引っ越しに関する様々なプロセスが日本より速い。
中国でも地方によって商習慣が違うかもしれないが、深センについて言えば、日本の不動産賃貸につきものの「礼金」というものがない。「敷金」についても考え方が違う。
筆者が借りた家具付きアパート。家賃は月3380元(約5万2000円)
深センでは(おそらく中国の他の地域でも)、物件を借りる際に「押金」というデポジットを払う必要がある。多くの部屋が家具付きで、デポジットは家賃2カ月分が一般的だ。
このデポジットは日本の敷金と似ているようで違う。敷金の場合、退去時に家の原状回復費用や鍵の交換費用などが差し引かれる。その金額を巡るトラブルも多いと聞く。
一方、深センの押金は、契約期間(1年間が多い)住み続ければ通常、全額戻ってくる。契約期限前の退去に対して大家に補償するという意味合いのお金だからだ。契約の際には「タンス」「ベッド」といった家具の一覧表も大家と取り交わす。筆者は深センでの2回の引っ越しで2回ともベッドマットレスを新品に替えてもらい、いずれも大家の負担だった。
筆者の知人が短期間で引っ越したときは、2カ月以内に次の借り手が見つかり、契約期間未満で退去したもののデポジットが戻ってきたと聞いた。筆者が以前、退去した際は、住んでいた1年半ほどの期間の電気代をまとめて清算してデポジットから差し引き、残りは全額戻ってきた。手元に戻ってこないお金は半月分の不動産仲介手数料のみだった。契約を更新する場合も特に更新料のようなものはない(人気の物件だと家賃が上がることはある)。
日本でも地域による差はあるが、首都圏を基準にすると1回の引っ越しで敷金(2カ月分)、礼金(2カ月分)、仲介手数料、前納分の家賃で家賃6カ月分の資金が必要になる。そのうち礼金と手数料の3カ月分は戻らず、敷金からも差し引かれる。
一方、深センでは、押金2カ月分、家賃1カ月分、手数料0.5カ月分の計3.5カ月分の費用で引っ越しをすることができる。押金も基本的には戻ってくることを考えると、深センでは日本よりも気軽に引っ越しができると言える。
アプリで完結する物件探しと引っ越し
深センの大家はいくつも物件を持っていて頻繁にSNSや不動産情報サイトに情報をアップしている。筆者が物件を探すために、「58同城」などの不動産情報サイトで検索し、内見のアポイントを取っていると、「WeChat(ウィーチャット、微信)」などのSNSに先方から売り込みが来ることも多い。「Taobao(タオバオ、淘宝網)」などの中国のECサイトを閲覧する行為は、アパレルショップで服を見ている行為に似ている。閲覧結果は出店者側に共有されており、ショップで店員が話しかけてくるように出店者側がチャットで話しかけてくることがあるが、不動産についても同様だ。
不動産サイトには、大手不動産会社がきれいで割安な物件を出していることもあるが、そうした物件は実際に内見しようとすると存在しないことが多い。そのため、SNSなどで個別でやりとりをした方が話が早い。
筆者の場合は不動産仲介会社の社員が個別にアプローチしてきたところで、2~3時間かけて距離が近い物件4つ(うち3つは同じビルにある物件)を内見させてもらった。古いビルをリノベーションしてまとめて賃貸に出したようだ。予算よりやや高めだったが、払える範囲なのでキッチン付きの、日本円換算で月5万2000円ほどの部屋を借りるか検討することにした。
「明日は用事があって会えないが、2日以内に決めて連絡する」と仲介会社の社員に話し、「部屋にある古いソファはいらない」「ベッドのマットレスを新品にしてほしい」「住むのは私1人。日本人」といった条件やこちらの情報も伝えた。すると仲介会社が大家と交渉し、最終的な条件を送付してくる。これらのやりとりはすべてWeChatを通じて行われ、電話や面談の必要はない。
外国人に貸さない大家もいるが、今回は問題がなかったようだ。他の候補物件より条件もよかったので借りることに決めた。2日後、大家と仲介業者と筆者がこの物件に集合してサインをし、手数料と前家賃などを振り込む。その後は外国人が居住するための手続きを進める。
同時に引っ越しの準備をする。一人暮らしで家具付きアパートから別の家具付きアパートに移るのでさほど大仕事でもない。ネット通販で10個ほどの段ボールを購入し、「貨拉拉(Huolala)」という配送サービスを予約する。
引っ越し兼トラックのチャーターサービスである貨拉拉(Huolala)
貨拉拉は様々な輸送トラックをチャーターできるサービスだ。起点と終点、荷物の量と運搬手段(例えば、エレベーターのない高層階だと高くなる)をアプリに入力すると自動で見積もりが出る。深セン市内は貨拉拉のトラックがたくさん走り回っていて、1~2時間後の引っ越しでも頼めるのがすばらしい。予約するとまず電話がかかってきて、その後SNSでの細かい打ち合わせとなる。例えば、「クルマが物件にベタ付けできないと割り増しになる」といった具合だ。
荷物の扱いはかなり乱暴だし保険などもないが、引っ越しの費用は245元(4000円弱)で済んだ。
今回の引っ越しは物件探しから引っ越し完了まで4日ほどだった。しかも、普段の仕事をこなしながらの作業だった。契約書へのサインや荷物の運搬、役所への届け出を除く、引っ越しの相談や見積もり、交渉などがすべてオンライン上でできたからこそのスピード感だ。
中国ではWeChatを中心とするSNSが、仕事を含む様々な場面での連絡手段のプラットフォームになっていて、このようなサービスを利用する際も担当者と直接やりとりするケースが多い。そのため、電車に乗っているときなども他の用事をこなしながら、並行して引っ越しの作業を進めることができる。
中国では多くの都市で、大企業や行政が主導する大規模なスマートシティー化が進んでいる。しかし、実際に効果のあるスマートシティー化は、深センでの引っ越しに代表されるような、一人ひとりのオンライン化、個々の小さなサービスのオンライン化がもたらすものなのかもしれない。また、費用や手続きの面で引っ越しがしやすいということは、新しい住民が入ってきやすいということを意味する。こうした面も深センのダイナミズムの一要素になっていると言えそうだ。
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