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「真相を大声で語る勇気が必要だ」。ドローン世界最大手、DJIの採用サイトに掲載されている創業者フランク・ワン氏の言葉。DJIの採用サイトは英語や日本語もあるが、この言葉があるのは中国語だけだ

 シンガポールの初代首相を務めたリー・クアン・ユー氏の最後の著書、『リー・クアンユー、世界を語る』(サンマーク出版)では、中国とアメリカの未来についてとても興味深い分析がなされている。

 リー氏は中国の未来について、「人類の歴史上、中国はほとんどの時期でヨーロッパに匹敵する一大文化圏で経済圏だった。失政で国がバラバラになったりしない限り、その位置までは戻るだろう」と中国を評価する。一方で、イノベーションについて辛辣なコメントを残している。

 「しかし、仮に中国の経済規模がアメリカを超えても、イノベーションの中心地は今後もアメリカなのではないか」

 「世界で最も優れた人間が集まり、忌憚なく議論し合うのがアメリカの良さだ。英語の会議では年齢に関係なくものが言いあえるが、中国語の会議では年長者や上司への配慮が出てくる。世界はこれからどんどん科学技術が重視される、イノベーション主体の時代になる。中国経済がアメリカを上回っても、世界のイノベーションは、これからもアメリカが中心に生み出されるのではないか」

 リー氏は中国の鄧小平氏と公私にわたって親しく、中国の政策にもいろいろアドバイスをしており、その中で「公用語を英語にしたほうがいい」とも語っていた。一代でシンガポールの公用語を英語にしたリー氏らしい言葉だ。

 中国をよく知るエンジニアも、リー氏の分析に似た考察をしている。深センでのハードウエア製造の第一人者であるマサチューセッツ工科大学・MITメディアラボのバニー・ファン氏は中国の技術革新について、ハードウエアに関しては今後も続くが、ソフトウエアでのイノベーションは難しいかもしれないと語っている。

 ソフトウェアデザインについては西欧が有利になる独特の文化的側面があると僕は信じている。ハードウェアでは、プロセスが効率的でなかったり、歩留まりが低下したりしていれば、根本的な原因をシンプルに特定し、問題の直接的で物理的な証拠を出すことができる。ハードウェアの問題は、本質的には議論の余地がないものだ。

 ソフトウェアでは、コードが効率的でなかったり、ひどい書きぶりだったりしても、問題を引き起こしているのが何なのか特定することはとても難しい。プログラムがクラッシュしたり、実行が遅い場合という結果はわかっても、だれにでも見せられるような、断線したワイヤーもネジの欠落もない。開発者は複雑なデザインをレビューし、多くの意見を検討して、最終的に1つの原因を決定する必要がある。そしてその問題というのは、ある1人がダメな決定を下したというだけのことだったりする。すべてのソフトウェアAPIは、人間の意見による構築物でしかないんだ。

 アジアの文化は关系(GuanXi)、評判、年長者への敬意をきわめて重視する。欧米の文化はもっと反逆的で、外から旗振り役を迎え、長老の助言をさほど尊重しない。その結果として、アジアのコンテキストでは、コードの品質とアーキテクチャ上の意思決定について議論するのは文化的に難しいと思う。

 ソフトウェアそのものは30年の歴史しかないし、経験豊かで年齢の高いエンジニアは、方法論や知識の面で最も時代遅れになっている。それどころか、若いエンジニアのほうが最高のアイデアを持っていることも多い。でも、若いエンジニアが年かさのエンジニアの決定に異議を唱えることが文化的に難しい場合、できあがるのは作りのまずいコードになってしまい、競争力は絶望的だ。

(『ハードウェアハッカー』技術評論社)


 ここでのバニー氏の指摘はリー氏と共通している。どちらも「イノベーションのためには忌憚(きたん)のないやりとりが必要だが、中国ではそれが難しいのではないか」という指摘だ。リー氏は解決策として英語の公用語化をアドバイスした。一方、バニー氏は会社経営の視点から対策を提示している。