筆者らが執筆した『プロトタイプシティ』(KADOKAWA)は中国・深圳を中心とした都市の発展形態について考察している。計画先行ではなく、先に実践があり、それによって変化した環境を後追いする形で発展していく都市をプロトタイプシティと呼んでいる。執筆者らが語るオンラインイベントで、評論家・翻訳家の山形浩生氏はプロトタイプシティが成立する条件について語ってくれた。

山形浩生氏が登壇したオンラインイベント「プロトタイプシティ成立の条件」

成功した人工都市は世界でも珍しい

 何もないところに、計画的に新しい都市をつくる。それは、都市計画を勉強したことがある、もしくは仕事としている人にとってはとても魅力的なことだろう。実際、世界各地で人工都市をつくる試みがある。しかし、そうした人工都市はほとんどが失敗している。もともとあった都市がモダンに脱皮する例は多くあるが、何もないところに人を集めても、うまくいかないことがほとんどだ。シリコンバレーは人工的な都市の成功例であり、研究事例も多い。深圳の成功がシリコンバレーになぞらえられる理由の1つでもある。

 都市の発展は、どのようにもたらされるのか。2つの大きな考え方がある。

 1つは「同じようなものを集積させることで、互いに交流やコピーが行われ、全体が盛り上がる」という考え方。もう1つは「同質なものを組み合わせても、より大きい集積がある都市との競争の繰り返しになる。異質なものを組み合わせることが生き生きとした盛り上がりに通じる」という考え方だ。

 これは二者択一というより程度問題になる。リチャード・フロリダ氏が提唱した「クリエイティブ・クラス」のように多様性を重視する考え方や、何かしらのコア産業が一度できてしまえば、その後は転がりだすという意見など、どこを切り取るかによって見え方は異なる。ただ、結果としてうまくいっている都市には様々な産業や交流が自然発生的に生まれている。人工都市がなかなか成功しないのは、自然発生的な交流を生み出しにくいことが原因だ。

 シリコンバレーに匹敵する発展を遂げた人工都市を挙げるのは難しい。深圳は人工都市であるにもかかわらず、自発的な発展を遂げた珍しい成功例で、ひょっとしたら唯一無二の人工都市と言えるかもしれない。だからこそ都市計画に関心を持つ多くの人が深圳の発展に興味を持っている。

深圳は8月26日、経済特区の指定から40年を迎え、ドローンによるライトアップショーが行われた(写真:REX/アフロ)
深圳は8月26日、経済特区の指定から40年を迎え、ドローンによるライトアップショーが行われた(写真:REX/アフロ)

自然発生したものをどう整備し、盛り立てていくか

 クリエイティビティーのようなふわっとしたものを、計画的に生んでいくことは難しい。たとえばベルリンは様々なアーティストが集うクリエイティブな都市として知られているが、そのきっかけは冷戦時の東西ドイツ分断の中で、西ベルリンが飛び地だったため徴兵が行われず、そのために徴兵逃れのアーティストが集まってきたという背景がある。アーティスト招へいの振興策が実施されたわけではなく、自然発生的とも言えるものだ。

 深圳にはダーフェン油絵村という場所がある。もともと芸術とは無縁の、ホテルの内装としての複製画を大量生産する場所として、安い人件費を目当てに香港から移ってきた画商と画工たちが「村」を構えたところからスタートした。その後中国の人件費の上昇に伴って、新作の工芸作品を生む街になりつつあり、美術館もできている。

ホテルの内装などの複製画を大量生産しているダーフェン絵画村。あらゆる路地で画工が複製画を描いている
ホテルの内装などの複製画を大量生産しているダーフェン絵画村。あらゆる路地で画工が複製画を描いている

 深圳市の政府は、ダーフェンに美術館を建設したり、知的財産面で問題が発生しないよう複製画のルールを整備したりするなど、工芸品としての絵画の制作が現代の産業として成り立つようにサポートしている。今でも、違法な偽物の絵画や粗雑な作品を見ることもあるが、産業の中心は合法的で付加価値の高い工芸品に移りつつある。

近年のダーフェンは、贈答用などオリジナル作品を販売する工芸品店が並び、産業が進化しつつある
近年のダーフェンは、贈答用などオリジナル作品を販売する工芸品店が並び、産業が進化しつつある

 日本の場合、文化事業を政府が支援するというと「大手広告代理店が取り仕切って大きな計画をぶち上げたものの、予算の関係で当初の計画通りにならず、結局何も残らない」といったケースも目につく。中国でも、文化政策に見せかけた不動産業になって、ハコモノのクリエイティブセンターが乱立して失敗するケースも多い。その中で深圳のダーフェン村は、自然発生したものをうまくサポートして、次の産業を生むことに成功しつつあるようだ。

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