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 筆者は国などが巨額の予算を投じる研究開発と区別するため、大衆から生まれてくるイノベーションを「マスイノベーション」と呼んでいる。これは、その名の通り「大衆から多くのイノベーションが起こる」ことを意味している。その一方で、ベンチャー企業が「多産多死」と言われるように、「やってみたけどムダだった」ものも当然ながら多く生まれる。経済全体として見れば、多くのムダの中からわずかでもイノベーションが生まれればよいが、取り組んでいる当事者にとって、実りがないのはやはりつらいものだ。

 多産多死が成立するには多くの人がイノベ―ションに取り組む必要があるが、その果実を得るのはごく一部であるのも事実だ。それでも多くの人が自らの手で新しい製品やサービスを生み出そうとするのは、成功したいという欲求だけでなく、活動そのものが楽しいという側面もあるからだろう。新しいハードウエアを作ることは実際、決してラクではない。そのモチベーションを持続させるための工夫が今回のテーマだ。

ハッカースペースシンガポールでの勉強会。愛好家が集まることで、新技術への興味も強化される

 SNSやオープンソースの技術の普及により、イノベーションは一部のエリートが主導するものでなく、大衆が社会を巻き込んで起こすものになりつつある。それでも成功する割合が低いことに情熱を傾けるのは、多くの人にとっては「変わったこと」に見えるだろう。「変わったこと」をやり続けるには、同じ価値観を持つ人たちが集まるコミュニティーが不可欠になる。

 米国のオバマ前大統領は2014年、ホワイトハウスで開かれたメイカーフェアで大衆から起こるイノベーションの大切さを訴えた。その考えは世界に広まり、中国のマスイノベーション政策「大衆創業・万衆創新」も大きく影響を受けている。アジア諸国にもマスイノベーションの波は及び、各国政府がメイカーフェアの開催やメイカースペースの設立・運営に補助をするようになった。

 DIYを楽しむ個人や起業したばかりのスタートアップ企業が集まるメイカースペースやメイカーフェアは、どこかしらのんびりした雰囲気もただよっている。そのメイカースペースやメイカーフェアがイノベーションをどう助けるのか。