自分がコントロールしやすい環境で仕事をすることが大事

 2019年4月に行われたレバノン・ベイルートで開かれたメイカーの祭典、メイカーフェアに登壇したバッサムは、シリコンバレーと深センの価値について、自分の経験を通じてこう語った。

ベイルートのミニメイカーフェアで行われた「Hardware is Hard?」セッション。中央でマイクを持っているのがバッサム
ベイルートのミニメイカーフェアで行われた「Hardware is Hard?」セッション。中央でマイクを持っているのがバッサム

 「2009年にシリコンバレーで起業し、2012年にレバノンに戻ってきた。2014年にハードウエアアクセラレータのHAXに参加して中国の深センに行き、その後もたびたび深センに行っている」

 「ハードウエアそのものは深センで製造している。プラスチックの外装、PCB(プリント基板)のすりあわせ、無線認証といったハードウエアのエコシステムはレバノンにはない。深セン以外の場所で、パートナーとともにプロトタイプを作るのは難しい」

 「レバノンに比べてどこが有利というものではなく、深センかそれ以外か、それだけしかない。ただ、オンラインでのマーケティングなどを考えたら、ずっと深センにいることはできない」

 「ハードウエア企業は製造以外にも様々なパートがあって、全部きちんとやらなければならない。製品コンセプトを詰めるためのプロトタイピングや、世界をターゲットにしたマーケティングなら、レバノンも世界のほかの場所も変わらない」

 アメリカで会社を立ち上げながら、ベイルートに戻ってきたことについても語った。

 「僕の会社にはドイツ人のエンジニアがいるが、もし僕らがドイツに本拠を置くと、会社のコストはすごく高くなる。かつて会社を立ち上げたアメリカなら、もちろんもっと高い」

 「深センだと、コストはレバノンとそこまで変わらないかもしれないが、あそこのライフスタイルは根本的なことをしっかり考えるには全く向いてない(笑)。ここレバノンなら、仕事のしやすさや協力者の見つけやすさ、コスト管理も含めて、会社をストレスなく運営していくことができる。ハードウエアスタートアップがやるべきことは本当に多いから、自分がコントロールしやすい環境で仕事をすることは大事だ」

バッサムと筆者。バッサムとは2014年に深センで会って以来の再会。こういうコミュニケーションがあるのもメイカーフェアの魅力だ
バッサムと筆者。バッサムとは2014年に深センで会って以来の再会。こういうコミュニケーションがあるのもメイカーフェアの魅力だ

 もちろん、破竹の勢いで急成長するスタートアップだと、また違った視点があるだろう。製品がひっきりなしに売れて製造対応で手いっぱいなら深センで過ごす時間が増え、会社が急成長して資金調達に追われるならシリコンバレーで過ごす時間が増えると推測できる。

 バッサムは「確実に成長はしているが、シリコンバレーの投資家が満足するような成長速度でもないので、資金調達もレバノンなどゆっくりした成長を許容できるVC(ベンチャーキャピタル)とやったほうが、Band Industriesには向いているかもしれない」と語る。HAX同期のスタートアップで廃業している会社もそれなりにあるなか、Band Industriesは成長を続けている。

 インターネットは世界の距離をより縮め、会社のあり方やイノベーションのあり方も多様化した。Band Industriesのように世界の工場としての深センを活用しながら、それぞれに合った場所に拠点を構えるスタートアップが世界の様々な場所で生まれてくるだろう。

この記事はシリーズ「「世界の工場」の明日」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。