深センでハードウエア製造を手がけるジェネシス・ホールディングスの藤岡淳一社長の元には、日々多くの製造相談が舞い込む。相談は大きく分けて以下の2パターンだという。

  • 1.ハードウエアについてはざっくりしたイメージしかない
  • 2.自分の手元に(大量生産用でなくても)動作するプロトタイプがある

 いずれのパターンにせよジェネシスのビジネスは、実際の製造とハードウエアの返品・交換を含めたサポートを提供することで成り立っている。今回、藤岡氏が動画でも触れているように、アンドロイドセットトップボックスを深センで製造した場合と日本で製造した場合の違いが、深センに蓄積されたサプライチェーンの価値を雄弁に物語っている。

 前回紹介したデザインハウスを中心に多くの中小企業が協業しながら、各社が少しずつイノベーションを製品に反映させる深センの製造業エコシステムは、単一の大企業が音頭を取ってすべてを自社開発する日本の垂直統合型製造業エコシステムと大きく異なる。その成果は「世間ではありふれているものに少しカスタマイズを加えたもの」を作るときに最大限発揮される。

 「巨人の肩の上に立つ」という言葉は、深セン製造業エコシステムにも当てはまる。街で見つかるものなら設計図や中間部材含めてなんでも調達できる深センとその他の場所とでは、何十倍も何百倍も効率が違うことがある。藤岡氏によれば、アンドロイドセットトップボックスで「深センだと550万円で1000台」「日本では1億1300万円で1万台」と、量産の柔軟性で大きな差が出ているが、これでも抑えめに図式化しているという。タブレットを基にした決済端末などではもっと差は開くだろう。

 深センのデザインハウスが基板に合わせて周辺部品情報のような知的財産を販売するのは「買う相手も製造業のため、そのほうがBtoBとしての商売はうまく回って自社の基板が売れる。秘匿してもリバースエンジニアリングされれば分かってしまうし、その場合は自分たちのビジネスにならない」という、深セン製造業のボリュームが生んだ商売上の都合があるためだ。だから「自社以外はすべてカスタマー」という構造の他国では成立しづらい。

 冒頭で示した2つのパターンのうち「1.ハードウエアについてはざっくりしたイメージしかない」タイプの場合は、ジェネシスが中心になって最終的なハードウエアを考える。多くは最大効率が発揮できる、既存のハードウエアをベースにカスタマイズと品質保証を加えたものが中心になる。開発効率を最大化することで、実際にビジネスをはじめるまでの時間を最小化できる。

 ビジネスについてはジェネシスに製造を依頼した事業会社、追加されるハードウエア部分についてはジェネシスが中心になって成立する、オープンイノベーションの典型的な形ともいえる。深センの製造システムは高度化に伴い小ロット・多品種にますます特化して、よりオープンになってきている。日本国内のビジネス上の課題が、ジェネシスのような会社の存在を通じて深センの開発力で対応できるようになったのは、深センの進化を表す1つの形だろう。

次ページ 大学とメーカーの距離が遠い日本