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 かつて「世界の工場」と呼ばれた中国広東省深センは今や「ハードウエアのシリコンバレー」になった。驚くべきスピードで次々に製品を生み出す独自のエコシステムに対し、日本企業の関心も高まっている。その深センを中心に、世界各地の「メイカームーブメント」などから、ものづくりとイノベーションの未来を探る。

 連載「『世界の工場』の明日」では、まずJENESIS(ジェネシス)の藤岡淳一社長とShiftall(シフト―ル)の岩佐琢磨CEO(最高経営責任者)の6回にわたる講演・対談の動画を通じ、大衆に広く波及するイノベーション(マスイノベーション)を生むシステムについて考えていく。

 藤岡氏は、台湾、香港、深センと、15年以上にわたってハードウエアの製造に携わってきた。現在は中国広東省深セン市に自身が経営するジェネシスを構え、年に50近いハードウエアの受諾製造サービス(EMS、 Electronics Manufacturing Service)をしている。

 もともと日本のハードウエア・スタートアップの間では有名だった藤岡氏は、『ハードウェアのシリコンバレー深センに学ぶ』(2017年、インプレスR&D)の出版後、イノベーション都市として知られはじめた深センへの関心と相まって、より大きな注目を集め始めている。

2018年に改革開放から40年を迎え、深センのビル群がライトアップされた。(写真:高須正和氏提供)

 日本交通やクックパッドなど日本の多くの事業会社がビジネスのためにカスタムハードウエアを必要としている。また、ピーバンドットコム(プリント基板の製造サービスを提供する日本企業)の戦略顧問、ソースネクストの技術顧問のほか、経済産業省スタートアップファクトリーでのメンターの役割や講演など、藤岡氏の経験を必要とする分野は広がっている。

 今回の動画を撮影した「Japanese Hardware Startup Night」と題されたイベントも、「日本のハードウエア業界を盛り上げたい」という藤岡氏の思いから始まったものだ。(イベントは2019年2月14日、YAHOO! Lodgeにて開催)

 藤岡氏がジェネシスを創業したのは2011年。1990年代から深センは「世界の工場」だったが、藤岡氏が手掛けているようなカスタムハードウエアが多く見られるようになったのはそれ以後になる。そのトレンドはちょうど、深セン製造業の高度化とリンクしている。

 80年代後半から90年代の深センは、商品企画や設計は外部の発注元が行い、受注した少品種の製品をひたすら手を動かして大ロットで製造するビジネスが中心だった。

 賃金の上昇と合わせて産業は高度化し、受注した製品のカスタマイズ品を自分たちでも設計開発するようになった。深センの代名詞となった「山寨機」と呼ばれるコピー品は、実は高度化の証明でもある。その後、設計開発がだんだんと深センに浸透していき、デザインハウスと呼ばれる小規模設計業者が生まれるにつれ、インテルやクアルコムといった欧米の大企業がそうした設計者向けにマイコンやセンサー類を販売するようになり、中小企業が連携して独自の製品を小ロットでスピーディーに設計・量産する深センのエコシステムが進化してきた。

 こうした経緯をたどって「世界の工場」だった深センは今や「ハードウエアのシリコンバレー」と言われるようになった。

 藤岡氏の手がけるハードウエアの多くは、事業会社が必要とするカスタムハードウエアだ。代表例としては日本交通系タクシーに搭載されている独自仕様のドライブレコーダー、広告動画表示タブレット、決済端末などが挙げられる。