12月18日、米議会下院はトランプ大統領に対して、権力乱用と議会妨害という2つの弾劾決議を可決した。ただ、ペロシ下院議長は他の全てに優先するとして採決を急いだにもかかわらず、弾劾決議の上院送付を2020年1月7日まで見合わせる見通しだ。
一方、トランプ大統領は2日後の20日に2020会計年度の国防予算にサインした。前年度を約3%上回る7380億ドルという過去最大規模の予算である。同時に宇宙軍の創設も発表した。現在、米軍には陸海空軍と海兵隊、沿岸警備隊という5つの独立軍がある。軍を新設するのはトルーマン大統領が空軍を創設して以来、およそ70年ぶりのことだ。
米国は、来年および将来を大きく左右する決断をクリスマス休暇の直前に立て続けに下した。
米民主党が過半数を握る米議会下院はトランプ大統領に対する弾劾条項を可決した(写真:AP/アフロ)
造反者が出た民主党
弾劾採決の結果を見ると、「権力乱用」は賛成230、反対197で可決したが、民主党から2人の造反者が出た。もう1つの弾劾理由である「議会妨害」は民主党から3人の造反が出たため、賛成229、反対198で可決された。
共和党から造反者が出なかったことに対して、自分の議席を守るために共和党議員がトランプ・カルトと化したという批判が出た。ただ、来年に退任予定の20人が弾劾に反対したことを考えれば、そういった批判が的を射ているとは言えない。
なお、「弾劾公聴会の不調があぶり出す米民主党の内部分裂」でヒラリー・クリントン元国務長官から批判されていると書いたギャバード下院議員は「出席」とだけ書いて投票した。棄権ではなく「出席」としたのは、この弾劾採決に対する不満の表明と受け止めることができる。
要するに、ペロシ下院議長が弾劾裁判に踏み切った際に予想した共和党の分裂は起きず、逆に民主党から造反者が出たということだ。しかも、強行日程で採決したにもかかわらず、上院への送付を遅らせる同議長に対して不満の声を上げる民主党下院議員まで現れている。
正当性を失った弾劾裁判
もっとも、米メディアや米政治研究者、日本を含め海外の米国専門家によるトランプ批判は根強い。今回の結果に対しても、共和党議員がトランプ・カルトに染まっていると解説するなど、下院の弾劾採決で露呈した現実を受け止める気配はない。
しかも、下院情報特別委員会のシフ委員長(民主党)は今回の採決を「2020年の大統領選挙で不正行為を働くのを防止するためだ」と言い切った。米国憲法に記載のない予防措置を弾劾理由としたのだ。トランプ氏の個人弁護士を務めるジュリアーニ元ニューヨーク市長のヒアリングを試みたことも法治国家の原則を無視したというそしりは免れない。米国では依頼人と弁護士の守秘義務は法律で保護されている。
残念ながら、民主党の弾劾理由はあまりに薄弱だったと言わざるを得ない。ウクライナにおける疑惑が時間とともにトランプ大統領の具体的な行為を特定しない一般問題に変質し、モラルがなく白人優先のトランプ氏は大統領にふさわしくないという感情的な問題だけが弾劾理由になってしまった。
弾劾公聴会のヤマ場だったソンドランド駐欧州連合(EU)米大使の公聴会に前回の民主党討論会をぶつけたが民主党は期待した効果を得られなかった。今回も6回目の民主党討論会を弾劾採決の翌日に持ってきたが結果は同様だ。
恐らくペロシ下院議長は上院への弾劾送付を遅らせて、1月14日に予定されている次回の討論会にぶつけようと考えているのだろう。それまでに新たな事実が浮かび上がることを期待しているという説も流れている。ボルトン前大統領補佐官(国家安全保障担当)が「これは弾劾ではなく政治だ」と言って公聴会を拒否した意味が、今になって明らかになったと言える。
ちなみに、弾劾採決翌日に実施された世論調査で民主・共和両党の支持率はほぼ同数に分かれたが、過去2回の弾劾時とは異なり、弾劾支持は半数以下にすぎない。弾劾に踏み切る前、ペロシ下院議長は「世論の十分な支持が得られない可能性がある」と懸念していた。その懸念が現実のものになっている。
なお、民主党の指名候補の獲得を目指す起業家のヤン候補は討論会の翌日(弾劾採決の2日後)、2カ月にのぼった下院民主党の弾劾に向けた動きは大統領候補の注目度を引き下げ、来年の政権奪回に向けた勢いを弱めたとインタビューでコメントしている。
足の引っ張り合いに終始した民主党討論会
12月19日に開催された第6回民主党討論会は候補者同士の足の引っ張り合いになり、勝者と敗者が出るほどのものではなかった。これは、ほとんどの米メディアの評価である。
当然のことながら、それぞれの候補は1回目の討論会から主張は一貫しており、目新しさはない。他方、メキシコ国境の壁建設は市民的には過去の話になりつつある。銃規制も乱射事件が起きた夏ごろとは異なり、話題性を失っている。
人種やLGBTQ(性的少数者)に焦点を当てた議論は民主党にとって重要だが、トランプ政権が始めた犯罪多発地域への対策に比べれば見劣りする。経済政策への批判もマクロデータが良好な以上、説得力に欠ける。国民皆保険についても今回の討論会では鳴りを潜めた。
それでは何がメインテーマになったかというとお互いの批判である。「プライベートジェットを使って遊説している」「子どもを学費の高い学校に通わせている」「富裕層から選挙資金を受け取っている」「今の民主党を背負って立つのにふさわしくない」──など、ネガティブな議論が相も変わらず続いている。
今後に期待の持てる話があるとすれば、バイデン候補の失言がなくなったことと、新鋭候補の評価が上がったことぐらい。ブティジェッジ候補は「富裕層を含めた全ての国民から支持を受ける必要がある」と発言。対立ではなく包摂を唱える姿勢は一段と人気を高めている。
選挙戦への参加を表明したブルームバーグ前ニューヨーク市長への期待は高いが現時点の支持率は4%と低迷している。
トランプ大統領はブティジェッジ候補に言及し始めている。彼からすれば、主義主張が国民に慣れてしまったバイデン候補、サンダース候補、ウォーレン候補の3人よりも、若さと合理的な考えを持つブティジェッジ候補をライバルと考え始めていることをうかがわせた。
着々と足場を固めるトランプ大統領
トランプ大統領の選挙戦は順調に推移している。
例えば、米軍でのトランプ人気は高い。オバマ政権までとは異なり、実際の戦闘行為が減っている上に、外交・安全保障の関与を減らしているから当然だ。NATO(北大西洋条約機構)への予算配分を減らすなど、国際的な役割を減らしていることについては世界中から批判を受けているが、軍人とその家族にとっては悪いことではない。しかも、軍事予算の拡大によって軍人の生活水準の向上が見込まれる。
12月20日、ワシントン郊外のアンドルース空軍基地でトランプ大統領が演説したが、集まった軍人はとてもリラックスしているようだった。大統領本人が演説する場だが、家族や子ども連れで参加できるというムードそのものが軍人に受けている様子だった。
時を同じくして、バー司法長官は凶悪犯罪の多い地域での取り締まり強化のため警察官の配備を増やすと発表した。これは今年増えた銃犯罪への対応だが、警官による厳しい取り締まりが人種差別だとする主張への対立軸になっている。民主党が強い地域では警官の取り締まりを人種差別として批判する声が根強い。だが、実際に銃を用いた犯罪が起きているため、今の米国では自分たちの安全につながる政策の方が評価される傾向にある。
大統領候補の討論会や弾劾裁判が左派のコアな支持者以外に響かない中、トランプ大統領は着々と来年11月の大統領選に向けた準備を始めている。
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