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止血しても販売回復は…

 系列解体に伴い、技術開発力の低下も懸念される。これまで自動車メーカーは新技術の開発の多くを、実は部品メーカーに頼ってきた。例えば日産がセドリックとグロリアの新型車に採用した新方式の無段変速機(トロイダルCVT)も、部品メーカーのジヤトコ・トランステクノロジーと共同開発したものだ。

 環境問題に対応する技術課題が増える中で、自動車メーカーが部品メーカーの開発力に頼らざるを得ない局面は今後ますます増える。トヨタ自動車がデンソー、アイシン精機など有力部品メーカーとの資本関係に固執し、グループ力の強化を口にするのも、こうした背景があるからだ。ところがゴーン氏はグループの解体という、トヨタとは正反対の方針を打ち出した。

 「コスト削減と引き換えに品質に対する信頼性を落とすようなことはしない」とゴーン氏は強調するが、かといってコスト削減目標が達成できなくなっては、今度は日産の復活がおぼつかない。ゴーン氏に求められるのは、この微妙な舵取りだ。

 99年11月4日。都内のホテルで開かれた日産の新車発表会。この日初めてマスコミの前に姿を現した企画・マーケティングの統括副社長、パトリック・ペラタ氏は、日産のシェア低下の原因となった、商品力に関する10の問題点を指摘。その上で、「日産のデザインのアイデンティティー(個性)を確立する作業を進めているところ。新たな日産車のデザインは、2001年の東京モーターショーで皆さんにお見せできるでしょう」と語った。

 20%の購買コストカットや、工場閉鎖、人員削減など、リバイバルプランの合理化に関する部分は日産復活に不可欠なものとはいえ、それだけで十分なわけではない。ゴーン氏もそれが必要条件に過ぎないことはよく分かっている。なぜならゴーン氏は、販売の回復が必要なことを、仏ルノーの復活劇の中でも経験してきているからだ。

 事実ルノーが1996年の赤字決算から97年に業績を急回復できたのは、強腕ゴーン氏のコスト削減策だけでなく、「メガーヌセニック」などの新型車のヒットがあったから。これによって西ヨーロッパの乗用車市場でのシェアは96年の4位から、98年にはトップに大躍進。復活を強く印象づけた。

 「商品力の強化は、95年に座間工場を閉鎖した時にも掲げられていたこと。それができずに現状を招いたことに対して、『あの時の話はどうなったんだ』という思いがある。生産能力が多すぎることや、今の日産に構造改革が避けられないことは認識しているが、今度は間違いなく商品力を強化して発展の軌道に乗れるのか。その確信が持てないと、リバイバルプランを全面的には受け入れ難い」。全日産自動車労働組合・中央執行委員長の萩原克彦氏は、苦しい胸の内を明かす。