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「夜中に何度も目を覚ますようになった」

 確かにクラッチ事業については、ヴァレオとの交渉がスムーズに進んだことでメドがついたが、日産に納入している部品はこのほかにも数十品目ある。99年度に入り、新規投資はグローバルに競争力を発揮できると見た8つの製品に絞り込む方針を打ち出したが、それ以外の製品の受注を2002年度からいきなり失うとなれば、経営への影響は計り知れない。「我が社の00年度の黒字化は厳しくなるかもな」。任田氏の胸をそんな思いがよぎった。

 「日産が生き残るために、長い間一緒に努力してきた関連メーカーを切り捨てるのか」。説明会最後の質疑応答では、そんな系列部品メーカーの心情を吐露する質問も飛び出した。

 ゴーン氏の購買改革が系列部品メーカーの経営に大打撃を与えるのは間違いない。系列外メーカーとの競争に、いきなりさらされることになるからだ。

 ある系列部品メーカーの社長は説明会の翌日、早速幹部を集めて対応策を検討した。人員削減や事業の切り捨てなどをせずに3年で20%の原価低減を達成する方法を考案するため、翌週には社内に「リバイバルプラン対策委員会」を立ち上げた。

 「日産リバイバルプランが発表されてから、不安感と危機意識で、夜中に何度も目を覚ますようになった」と、この社長は打ち明ける。以来、コスト削減策を思いつけばどんなアイデアでもすぐに吹き込めるよう、枕元に録音装置を置くことが習慣になった。

 系列部品メーカーはいきおい、自立の道を歩まざるを得なくなる。それには日産以外の自動車メーカーとの取引を増やして日産への依存度を下げ、競争力を高めていくしかない。

 こうした動きは既に表れている。

 「今は日産がほぼ100%を出資しているが、我々は世界中のどの自動車メーカーともお付き合いしたい。できるだけ早い時期に一緒に活動してもらえるパートナーを見つけ、資本構成の面でもオープンな会社にしたい」。日産系部品メーカー、ジヤトコ・トランステクノロジー社長の佐々木健一氏は1999年10月21日午後、東京モーターショーの会場でこう宣言した。

 同社は99年10月1日、変速機メーカーのジャトコと、日産の富士工場から分社したトランステクノロジーが合併してできたばかりの部品メーカーだ。合併に際して「日産系」のカラーをなくすために、旧富士工場の壁に大きく書かれていた「NISSAN」の文字も、あえて消した。