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 マツダの製品を、ブランドを生まれ変わらせた「モノ造り革新」。この連載では、改革のそれぞれのパートのキーパーソンにインタビューを行っています。今回は、2012年以降がらりと変わったマツダ車の外観=「魂動(こどう)デザイン」を生み出した、前田育男さん(常務執行役員・デザイン・ブランドスタイル担当)にお話をうかがっています。

 モノ造り革新から生まれた2012年の「CX-5」から始まる「第6世代」車種群。その魅力は、エンジンをはじめとする中身と、「魂動デザイン」と呼ばれる外観の両方から生まれています。その名の通りマツダのものづくりを変革するモノ造り革新は、魂動デザインとどのように歩調を合わせていたのでしょうか。あるいは、合わせていなかったのでしょうか。

(編集Y)

(前回から読む

編集Y:テクノロジーの面で、てんでんばらばらの方向を向いていたリソースを、1つの方向に揃えようとしていたのが、マツダの「モノ造り革新」のコアだと思うんです。

前田育男マツダ常務執行役員・デザイン・ブランドスタイル担当(以下、前田):金井(誠太・元会長)さんがやっていたのがそれですね。本当にそれ。

 当然ながら僕はその「モノ造り革新」というのは金井からきちんと聞いていました。一括で企画してクルマを考え、造っていくんだという話をずっとやっていた。

編集Y:そうなんですね。

前田:当然、その言葉や考え方は頭の中にはありました。中身がそうやって1つになっていくのに、デザインが個々で動くというのは絶対おかしい。そういうことも、デザインを1つの方向に向けようとした背景には存在しています。

 ただ、僕の中では、「まず、ブランドの様式をつくらないといけないんだ」という方がプライオリティーは高かった。「モノ造り革新」のためにというか、「デザインとモノ造り革新をリンクさせる」という考えよりも。

編集Y:なるほど。

前田:当時そのモノ造りの革新で「1つに揃えていく」というのは、「ブランドの様式を揃える」という意図ではないですから。

2010年8月末、シンクロが始まった

編集Y:整理すると、一括企画やコモンアーキテクチャーによるテクノロジーの開発と、前田さんの考えていた「ブランドの様式を揃えよう」という2つの流れがあった。

 2010年の8月末、三次(みよし)のテストコースで試乗した、2代目アテンザの皮をかぶった「第6世代」のアテンザ……「TPV(テクニカル・プロトタイプ・ヴィークル、開発中の3代目アテンザに、2代目の艤装をほどこしたもの)」と呼ぶそうですね、前田さんの中では、TPVに乗って、突然、中身とデザインの流れがくっついた。

前田:そうですね。そこからシンクロしていった。

 これ(編注:スカイアクティブ搭載車)が世に出ればマツダのブランド価値は実際に引き上げられることになる。となるとわれわれがSHINARIで描いたビジョンは夢物語ではなくなる。SHINARIはビジョンモデルなので、当時のわれわれの生産技術からすれば数段上のクラスのものを作ったつもりだが、SKYACTIV TECHNOLOGYが搭載されるとなると量産車のデザインもこのレベルでなければダメだ。SHINARIはもはや遠い未来のものではない。SHINARIは理想ではなく現実。今後はSHINARIがひとつの基準値になる―― 頭の中のパラダイムが一瞬にして切り替わった。

【『デザインが日本を変える 日本人の美意識を取り戻す』(光文社新書)80ページより】

マツダのビジョンモデル「SHINARI」。2010年8月当時は、月末のイタリアでの公開に向けて大詰めの時期だった。(写真:マツダ 以下同)

編集Y:「SHINARI」については、「これが第6世代のマツダのデザインになるんだよ」と、たとえば金井さんや、あるいは車両の開発陣と打ち合わせて計算ずくで出した、ということではなく、前田さんは前田さんで「ブランド全体のイメージを引き上げていくためには、こういう形が必要だよね」ということでやっていた。一方で、中身というかクルマの開発側も、ブランド価値を一気に向上させるべく、ものすごく進歩していた。

前田:そうですね。

編集Y:前田さんが「中身も進歩しているぞ」と気づいたのが10年の8月、三次テストコースで乗ったとき。「これはもう、この世代から、魂動デザインじゃなきゃだめだ」と。

前田:このとき確信しましたね、そう、確信した。