「ボールとバットなしに野球ができるか」

木谷:そうそう。それって、2003年から2004年ぐらいの話ですね。人見は「とにかくリソース(人員)が少ない。せめてシミュレーションだけはお金を使わせてくれ。ボールとバットがないのに野球をしろと言わないでくれ。頼むからボールとバットを買ってくれ」と、MDIのシェアリングコミッティで一生懸命、コミッティの議長だった金井に頼んでいたのを覚えていますよ。

そういう意識があったPTの先行開発部門では人見さんが率先してCAE、コンピューターでのシミュレーションを導入していたんですよね。でも、それは先行開発の約30人の部隊だけで、PT開発本部全体のほうは、むしろ遅れていた。

木谷:そう。自分で(PT部門に)入ってみて驚いたんですけれど、当時のPTでは、設計が全部終わって、試作して、実機で実験してうまくいかなくなってから「これを検証してくれ」とCAEの人に持ってくる、みたいな流れでやっていた。

えーと……それって。

木谷:開発のメインルート上に、CAEがなかったんですよ。エンジンの開発時に、テストしたい項目がざっと700個ぐらいあるわけです。当時は、シミュレーションでテスト結果まである程度見えるのが、せいぜい半分ぐらいだったんですけれど、その半分についてのCAEすら、開発日程にちゃんと入っていないんですよ。後回しにされていて、どうかすると、エンジンができたころにシミュレーションの結果が出てくると。

これはさすがに私にもわかります。だったら、シミュレーションを行う意味そのものがないですね。

木谷:意味ないですよね。わかりますよね。

金井さんが怒りまくっていた「手戻り」の典型です。ああ、だから、仕事の流れ、やり方から変えないと、ものすごい投資をしてMDIを入れたって、現実はなにも変わらない。「今までの仕事のやり方を俺は変えたくないんだ」という思いはかくも強い、ということですね。そこで、どうされました?

木谷:「ばかたれ、図面を引いて、シミュレーションを引いて、結果が出てきてから実験で確認しろ」と、日程の管理から、ボトルネック工程を発見する意識を持てと指導、つまりは仕事のやり方を徹底的に見直しました。

 それでも最初のうちは、シミュレーションと実験結果がさっぱり一致しなくってね。今、統合制御で本部長をやっている原田(靖裕氏)がPTのシミュレーションを担当していたんですが「もうやめてくれ。頼むからCAEを回さないでくれと言われた」と言っていました。

えっ、なぜですか?

木谷:なぜ合わないかが分からないので、「開発が迷うだけだから」と。

なるほど。

木谷:というぐらい、もうやめてくれと言われるぐらい追い込まれたけど、そこで作ったのが「ガラスのエンジン」。広島大学と一緒に。

ガラスのエンジンって、何かの比喩ですか。

次ページ 第6世代を救ったガラスのエンジン