今、自動車メーカー各社が取り組んでいる「モデルベース開発(MBD)」。設計から試験、製造までをデジタルデータで行い、開発期間を大きく短縮するものだ。その理想とする姿を分かりやすく言えば、デジタル空間で試作車を企画、設計、開発し、さらに試走も行い、そのデータを工場に送って「試作車なし」でいきなり生産を始める、というイメージだ。これを目指して自動車メーカーがしのぎを削っている。

 実際には衝突試験は実車を使う必要があるため、試作車は必ず作らなければならないが、1台数千万円といわれるテスト車両を減らせるだけでも大きな意味はある。そして、その試作車を用意するための部品の製造、その部品のテスト、その部品に使うパーツの開発とテスト……とさかのぼっていくと、「実際の部品の製造とそれを使ったテストを省ける」ことの意味が分かってくる。お金だけではない。部品の完成待ちや、テストの準備、実施、結果待ちの時間も短縮できるのだ。自動車に使われる部品は約3万個。省略できる時間と人的リソース、コストはとてつもないものになる。

 そのMBDで業界に先駆けているのがマツダだ。

 今回、『マツダ 心を燃やす逆転の経営』で取り上げた、マツダを大変身させた「モノ造り革新」(2012年発売の「CX-5」以来の一連のヒット作を生み出した業務革新)は、マツダ流のモデルベース開発である「マツダデジタルイノベーション(MDI)」の進展が、まさにぎりぎりのところで間に合って……いや、後の回で触れるが、MDIの能力強化を「無理やり間に合わせた」ことで成功した。

 モノ造り革新がどのように行われ、どのような障害(たとえば親会社とか)に突き当たり、どう乗り越えたのかについては、主導者の金井誠太・元会長に2年半をかけてめちゃくちゃねちっこく聞き出しているので(お相手も災難だったと思う……。申し訳ございません)、拙著でお読みいただければ幸いだ。ちなみに、金井氏が駆使した主要な手法はご本人の監修のもと、「PDマネジメント」や「右上を目指す」といった形で抽象化してコラムにまとめている。クルマ業界にとどまらず、日々のお仕事の参考にもしていただけるのではないかと思う。

 そんなおまけも付けたせいで、せっかくお聞きしたのに本には収録しきれなかった、MDI&IT本部長を務める木谷昭博執行役員のお話を、こちらの連載で紹介していく。

 前回は、大手に比べ人的、資金的リソースが乏しく、しかも96年当時に経営が危機に瀕していたマツダだからこそ、「MDI」が全社プロジェクトとして「どん底でも」起動し、邁進できた、という背景をお聞きした。

 が、ということは、資金力に勝る大手ならば、一気にリソースを投入して追いつくことも、それほど難しくなさそうに思える。
 だが、マツダは依然としてリードを保っている。その理由はどこにあるのだろうか。

木谷昭博執行役員・MDI&IT本部長
木谷昭博執行役員・MDI&IT本部長

(前回はこちら→「マツダ、どん底でもモデルベース開発に邁進したワケ」)

CAD、CAM、CAE(※)など、データの世界が「デジタルワールド」、実際の試作品や製品が「フィジカルワールド」。そして、マツダの全社プロジェクトと位置付けられたMDIでは、「デジタルワールドとフィジカルワールドがつながっていること」が、会社としての大前提になった。そこまで伺いました。

木谷:はい。

(※CADはコンピューター上での設計、CAMは製造装置をコンピューターで管理すること。CAEはコンピューター上で試験まで行うこと。それぞれ、Computer Aided Design/Manufacturing/Engineering の略)

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