「健康によりよく生きる」という「ウェルビーイング」の考え方をベースに世界的にサービスを展開している米ナイアンティック社。位置情報ゲームの先駆けである「イングレス」や、世界的にヒットした「ポケモンGO」、さらにはこの7月から日本国内でもサービス提供が始まった「ハリー・ポッター:魔法同盟」などを手掛けてきたのが、同社アジア統括本部長・エグゼクティブプロデューサーの川島優志氏だ。
これまでは家の「中」で大きな画面に向かって遊ぶものだったゲームを、AR(拡張現実)などの技術を駆使して、家の「外」にユーザーを連れ出す使い方で新たな価値を提供しているナイアンティック。さらにこれらの位置情報ゲームは、最近では健康にも寄与するという新たな評価を得ている。そして実際、「ポケモンGO」や「イングレス」「ハリー・ポッター:魔法同盟」という同社の提供するゲームは、日本で最初に、スポーツ庁の「Sport in Life」プロジェクトのロゴを使えることが決まった。ナイアンティックが目指す先には何があるのか。前編では川島氏が「ポケモンGO」の開発にかけた思いを明かした(詳細は「『ポケモンGO』で伝えたかった『回り道はムダじゃない』」)。後編となる今回はナイアンティックの活用する新しいテクノロジーがどのように人々の生活を豊かにするのか、その展望を聞いた。
ナイアンティックのアジア統括本部長・エグゼクティブプロデューサーの川島優志氏(左)と宮田裕章教授(撮影/竹井 俊晴、ほかも同じ)
宮田教授(以下、宮田):ゲームを通してごく自然に健康を得ていくというナイアンティックの取り組みは、1つの価値の転換です。
健康促進はこれまでも声高に唱えられてきました。多くの健康キャンペーンは、「さあみんな、健康になりましょう!」と呼びかけますが、そうした直接的な声に反応するのは全体の1割といったところでしょうか。大半の人は、「別に健康になるために生きているわけじゃないし」と、さほど積極的になってはくれません。
例えば80歳になったときに山登りを楽しみたいのか、あるいは若い人と楽しく話ができたらいいのか、やりがいのある仕事をしていたいのか。求める健康の姿や度合いは人それぞれです。
多くの人は、人生の価値を支える手段として「健康」を考えているはずです。その点、「ポケモンGO」は楽しさの先に健康が自然にある。このコンセプトは、これまでの健康やウェルビーイングからすると異端なのかもしれません。けれど、これからの時代には本流になるような価値を持っている気がします。
「ポケモンGO」の効果については、科学的検証も進んでいます。初期の研究結果では、ゲームを始めた人が、それまでよりも2~3倍多く歩くようになった、しかしながら途中でやめてしまったりと効果は持続しなかった、という結果です。ただそれはあくまでも初期の「ポケモンGO」であり、ゲームはどんどん進化していますね。
川島氏(以下、川島):そうですね。多くの人が「ポケモンGO」を始めて外をよく歩くようになったのは、間違いないようです。ただし、それがどれほど持続するかという課題もあります。ただこのところ、さまざまな改良が施されて、ローンチ直後の「ポケモンGO」とはまったく違うゲームに生まれ変わっています。
複数のつながりを同時に維持できる世界へ
川島:例えば「フレンド機能」。これはゲーム内で友だちをつくり、その友だちに自分の訪れた場所が書かれた絵はがきのようなギフトを贈れるもの。これがすごく楽しいんです。「コンビニの前ばかりじゃダメだな」と思って、いつもと違うところに出かける動機になったりもします。
「こんな場所からのギフトを贈ったら喜ばれるんじゃないかな」と考えたり、家族でプレーしている人は、おじいちゃんおばあちゃんとフレンド機能でやりとりして、ギフトが来ないと「何かあったんじゃないか」と互いの状況を確認するきっかけの役割も担っていたり。
現代は、やはり人と人のつながりが希薄になっている時代です。特に都市部だと、隣の家の人ですらあいさつをしないこともある。
フェース・トゥ・フェースのコミュニケーションが、幸せやウェルビーイングにつながるのは確かなことでしょうし、学術的な検証も出ています。であれば、それを生み出すための実践が「ポケモンGO」なのだと考えています。
いま、人気のあるほかのエンターテインメントを見てみると、やっぱり自分の半径数メートルに集中しているものが多いですよね。
昔はお茶の間に集まって、家族みんなでテレビを見るのがエンターテインメントでしたが、もはやリビング全体の広がりはなく、家族それぞれのエンターテインメントはスマホの画面で完結していたりします。
その点、「イングレス」や「ポケモンGO」で遊ぶと、必然的に外の世界へ向かうことになります。自分の世界として認識できる場所が、明らかに拡大するのです。
いまは鉄道網や道路網が発達し、飛行機もたくさん飛んでいて、さまざまな移動体がかつてないほど進歩し、低コストで、いろいろなところに行けるようになりました。こんな時代は人類の歴史の中でもほかにありません。
それなのに、なぜ人は半径1メートルの中で時間を過ごそうとしているのでしょうか。すごくもったいないですよね。
宮田:外へ向かうほど、ウェルビーイングや「つながり」が得られる、ということですね。社会的なつながりは健康にポジティブな影響がある、ということは多くの学術研究が示してきています。位置情報ゲームやフレンド機能は、人々と世界の新たなつながりに結びつくかもしれませんね。
私はこれからの時代、「マルチ・レイヤード・デモクラシー」という考えが重要になると思っています。これまで人は、単一の国や都市、地域に帰属しながら生きてきました。
けれど、インターネットや移動手段の多様化によって、複数のつながりを同時に維持できるようになってきた。物理的な距離の「遠さ」は、かなり乗り越えられるようになったのです。空間的な価値を共有しながら、世界とのつながり方をデザインするという姿勢が、一人ひとりに求められるようになっています。
その人の大事にする価値の中で多層的に世界とつながって、新しい価値をつくっていくことが必要になる。そうした社会のデザインに、ナイアンティックはひと役買って、先導しようとしているところに敬意を表します。
人生を豊かにする体験につながる設計を
川島:技術の進化をどういう方向へ使っていくのかは、きちんと考えないといけません。技術そのものが悪なのではなくて、要は使い方次第です。人の身体性を考慮の「外」に置いてしまうことがあるので、そこには注意が必要です。
宮田:例えばいまは、ますます地方経済が衰退し、路線バスの定期運行なども維持できなくなっています。これからはそれをオンデマンドでカバーしようというサービスがどんどんと出るはず。その時、いくら技術的に可能だからといって、いつでも家から目的地、目的地から家まで、ドア・トゥ・ドアで移動できるように設計してしまうと、サービス利用者はまったく歩かなくなってしまいます。技術の進歩によって、人はさらにこの先歩く機会が減って、もしかすると健康を害する恐れも生じてくる。
天気のいい日や桜の季節、この辺りの景色がすばらしいから歩いてみましょう、と促してみる。そんなプログラムまで考えておきたいところですよね。「今日、あなたは2000歩しか歩いていないから、ここを通って残り何百歩は楽しく歩きましょう」といった提案ができるようになってほしい。
単なる効率ばかりではなく、人生を豊かにする体験につながるデザインが必要になってくるんじゃないでしょうか。
ナイアンティックのプロダクトやサービスは、そうした思想の下にあるのだと思います。それこそ、2019年に新しくローンチされた「ハリー・ポッター:魔法同盟」もそうですね。
川島:「ポケモンGO」では、ポケモンが現実世界に現れることを願っていたユーザーの夢をかなえることができました。もともとの作品の世界観を実現させる、という面があったわけです。
「ハリー・ポッター」も同じです。魔法の世界が現実界に立ち現れるという原作のストーリーは、ファンタジーを現実の中に埋め込もうという、ナイアンティックのやりたいことと、非常に相性がいいんです。
「ハリー・ポッター」シリーズは世界中に情熱的なファンがたくさんいて、そうした人たちに受け入れてもらえるか心配でしたが、幸い満足していただいているようです。ひときわファンの多い日本でも、街中のいたるところで魔法使いが現れるようになってくれるとうれしいですね。
宮田:それは楽しそうですね。
川島:ナイアンティックは、AR(拡張現実)などのさまざまなテクノロジーを使って、人々が世界そのものを、より身近に感じられる「体験」を生み出したいと思っているんです。
Powered by リゾーム?