
日本の医療現場で、外科を中心に稼働しているシステム「NCD (National Clinical Database)」。全国5000以上の医療施設から手術症例が刻々と収集され、信頼性の高い巨大データベースが構築され、医療現場に劇的な変化をもたらしている。
実際に、NCDの導入によって臨床現場はどのように変わったのか。そしてNCDは今後、病院運営や経営、日本各地の医療のあり方にどのような影響を与える可能性があるのか。NCDを現場の臨床医の視点からリードし、支えてきた東京大学医学部附属病院の瀬戸泰之病院長が、宮田裕章教授と、ビッグデータによって変わる医療の現場について語り合う対談。医師らはビッグデータを医療技術の向上などにも生かしているという。
宮田教授(以下、宮田): 対談の前編(「ビッグデータで医師の技術や信用を担保する日本の医療現場」)でも触れましたが、NCDの導入は、専門医申請における医師の作業負荷の軽減につながっています。ただ、効用はそれだけにはとどまりません。医療そのものの質に寄与するデータとしても、大いに活用されています。
瀬戸病院長(以下、瀬戸):そうです。これまでまとまったデータがなくて分からなかったことが、続々と分かるようになってきました。
例えば、ある手術に関して、術後の合併症がどれほどの確率で起こるのか、従来は数字で示すことができませんでした。けれどNCDでは、手術データを入力する時にそうした項目もあり、正確な数字が出せるようになりました。
手術様式ごとの術後生存率なども分かりますから、カンファレンスや患者さんへの説明の際にも重要な情報となります。
宮田:現在は重要な術式に関して、術前・術後の患者さんの詳細な状況まで記録し、登録するようになっています。こうしたデータがあると、地域ごとの、また施設ごとの合併症率や術後死亡率が分かり、課題の抽出や改善へ向けての施策がきちんと打てるようになります。
瀬戸:そうなれば、例えば非常に難しい手術は先端の設備があり、経験を持った医師のいる施設に、ある程度集約したほうがいいんじゃないか、といった議論も、正しいデータを見ながら、判断することができます。
これまでは客観的なデータがない分、評判といいますか、ある種の噂をベースにして、「その病気だと、あの病院がいい」といった話が出回っていました。
医療業界の内部ですら、データがない頃は、噂や体感、経験値がモノを言ってしまう面があったのです。
医療技術にしても、私が属している外科の世界は、「技術は伝承されるもの」という考えが中心でした。先輩の技を見て、それを伝承しようと努力する。技術を身につけたのかどうかの判断は、先輩が下すしかありません。「そろそろ彼に、あの手術を担当させてもいいんじゃないか」などと。比較的簡便な手術から始めて、徐々に難易度の高いものに挑戦させてもらえるわけです。
プロフェッショナルである先輩たちの目を通していますから、次の段階に進めるかどうかの判断は、ほぼ間違いありませんが、どうしても主観が入り込む余地は残ります。
その点、NCDのデータを活用すれば、より客観的な基準から「これだけの実績を持っている彼なら、この難易度の手術を任せても大丈夫だ」といった判断ができるようになります。
きちんとしたデータを基に考えたほうが、患者さんの利益が増すことは明らかですよね。
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