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 八方塞がりのようにも見える日本の現状を、ビッグデータの活用によって「三方よし+未来もよし」に変えていこうというのが、慶応大学医学部・宮田裕章教授の狙いである。

 その際に起爆剤となるのは、医療・ヘルスケア分野だという。その理由はどんなところにあるのか。

 前回(「落日のニッポン、『データ駆動型社会』でよみがえれるか」)、中国で導入が進んでいる「芝麻(ゴマ)信用」という社会信用スコアについて触れました。これがうまく進展すれば、「信用」という新たな価値が、金銭的な価値を上回ることになるかもしれません。

 でも考えてみれば、金銭的な価値より優先される価値が確立された分野は既にあります。それが、医療・ヘルスケアです。そこでは患者や社会制度的な価値の実現が、金銭的価値より先行するというコンセンサスが、多くの人の間で共有されています。

 医療提供者、行政、企業、患者、市民などの立場や利害関係を超えて、高い価値の医療・ヘルスケアを実現することを誰もが望んでいるのです。

 加えて、ますます超高齢化が進む日本では、医療・ヘルスケアへの関心や社会的重要性は高まるばかり。世界的に見ても、あらゆる投資活動において、最大の投資先となっているのは医療分野です。そんなニーズに十分応えるため、データを活用することで、「三方よし+未来もよし」の次世代をつくる必要性は、強まるばかりなのです。

 では、実際にどんな取り組みが始まっているのでしょうか。

 医療行為を受ける側は気づかないかもしれませんが、近年、外科を中心とした日本の医療現場において、劇的な変化をもたらしているシステムがあります。それが「NCD (National Clinical Database)」です。

 全国5000以上の医療施設から手術症例が刻々と収集され、信用性の高い巨大データベースが構築されているのです。各施設の診療現場では、このビッグデータからフィードバックを受けて、手術前のカンファレンスやインフォームドコンセントに活用しています。

 つまり医療の質的な向上に、ビッグデータが有効に使われているのです。

 またNCDは個別の施設や診療科のパフォーマンスを、数値で観測・検討することができます。医師の能力や成績表のようなものが得られるので、これを基に、それぞれの医師の治療技術や成績の改善も見込めるのです。

 もう1つ、別の例を紹介すると、日本病理学会が主導する画像診断プラットフォーム「JP-AID事業」が挙げられます。

 医療施設では日々、たくさんの患者から病理検体を採取しています。これまではそれぞれの施設で、診断医が検体を見て、判断を下していました。

 JP-AIDではまず、採取された検体標本データをクラウドネットワークにアップロードします。その一元管理されたデータを、システムに登録した全国の専門医が効率よく割り振り、診断を進めていくのです。データとテクノロジーを介すると、最適な人が、最短で見ることができ、地域や施設による医療サービスのバラツキをなくして、診断確度を上げられるのです。

 クラウドに蓄積された膨大な検体は、AI(人工知能)の学習データにも使え、病理診断AIの精度向上にもつながります。

 専門医とAIを組み合わせて、高レベルのプラットフォームを築ければ、海外からのデータを受け付け診断するビジネスモデルも構想できます。これが今後の日本の成長産業になる可能性も大きいのです。