都会から地元出身者を引き戻す

 その漁師町を若くして出て行った1人が、粟田大士だった。高校卒業とともに関西の大企業に就職した。この漁師町に自分の仕事はないと思って。

ところが、帰郷するたびに漁村が変化していることを感じた。かつて集落の若者は減り続けていた。ところが、ここ数年、飲み会に出ても、見知らぬ顔が増えていく。しかも、昔からの知人のように酒を酌み交わし、盛り上がっている。

 そのころ、粟田は関西での生活に限界を感じていた。故郷に戻ってはどうか? そう考え始め、村の中心になりつつあった「よそ者」の小林に相談した。

「美波に戻ろうと思うんだけど、仕事がない」。そう粟田が言うと、小林がこう切り返した。

 「漁業があるじゃないか」

 17年3月、粟田は妻と子供を連れて故郷に戻ってきた。そして父親の漁を手伝うようになっている。それは、粟田ばかりではない。

 進出企業による町の変化が、バラバラになった家族を、再び結びつけている。一度は町を去った若者たちが、この地の魅力を感じ始めた。

 大阪大学への進学を機に、町を離れた遊亀聖悟もその一人だ。15年に大手銀行に入るが、たまに地元に帰ると、小さな進出企業が増えている。彼らは自らの意思で仕事を動かしている。だが、都会の銀行のオフィスに戻ると、1000人超の同期が、巨大組織の命に従って働いている。

 17年8月、遊亀はサイファー・テックが美波町に設立した社員6人の企業に転職した。地元で教師をしていた両親は、賛成も反対も口にしなかった。

 「まさか、美波の家に帰ってくるとは思っていなかっただろう」(遊亀)

 だが、実家に戻ってくると、片付けられたはずの自分の部屋にベッドが用意されていた。

次ページ 祭りを中心に結びつく