責任者になると、1年かけて祭りの準備に追われることとなった。「宿老」と呼ばれる町の高齢者の自宅を挨拶に回る。女性には裏方として食事などを作って支えてもらうことになる。また、地元の子供たちを集めて太鼓を練習させる。

 夢中で駆け抜けた1年、最後に太鼓屋台を担いで海になだれ込む。夜、打ち上げで酒をついで回った。もう、知らない顔など誰もいない。その住吉は、地元の女性と結婚し、子ももうけた。

「人口増」という快挙

 住吉のように美波町に移住する若者が次々と流入している。毎年増え続ける美波町のサテライトオフィスは16社を数える。「人数は50人ぐらいかもしれないが、その効果は計り知れない」。町長の影治信良はそう言ってはばからない。過疎地ゆえに町で育った若者が都心部に抜けていく。ところが、「よそ者」の働き盛りの世代が流入してくる。2014年には50年ぶりに人口が増加する「快挙」もあった。

 効果はそれだけではない。8地区から繰り出される太鼓屋台は、担ぎ手の減少に悩まされていた。県内の大学生に「助っ人」として参加してもらう地区もある。少子化によって「子供みこし」を廃止する地区もあった。

 だが、「よそ者」が、祭りに新たな熱気を吹き込んでいる。

 流入者増加の背景には、町役場のサポートもある。09年、53歳で美波町長になった影治は、人口減に悩まされていた。隣の阿南市は発光ダイオードで有名な日亜化学工業からの税収で潤っている。

 「うちは、工場を誘致できないのか」

 そうした声に、影治は悩みながらも、違う解を探してきた。巨大な雇用を生み出す工場に頼れば、その撤退とともに危機に瀕することになる。

 「雇用は小さくても、技術を持って根付いてくれる人々がいいのではないか」

 だから、巨大施設を作らず、空き家などの物件を案内し、気に入る場所を探してもらう。町内には450戸の空き家があるが、持ち主が「貸してもいい」という物件は数十戸しかない。所有者が県外に出ていて、仏壇や家具を処分できないケースも多い。役場の担当者が間に入って、地道に交渉していく。

 だから、美波町のサテライトオフィスは、様々な地区の古民家に分散している。

「気に入った場所に進出してもらえば、その地の歴史や文化にも興味が沸くし、地元の人もうれしい」(影治)

 それが、移住者を引きつけるポイントなのかもしれない。

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