4000億円の会社を2000億円へと半分に

 結果として、ものの見事にその差は出てしまいました。塩野義からは自社品がほとんど出ていなかったという事情もあるのですが、2000年段階で私どもの会社は売り上げでこそ4位を保っていましたが、利益率は15位まで落ちていました。利益額が上がらず、利益率に至っては論外でした。

 こうした流れはなかなか止められるものではありません。私が社長になった2008年段階では、売り上げも10位まで落ちてしまっていました。つまり、海外の会社がどんどん日本に入ってきていたのです。利益水準も圏外、20位ぐらいまで落ちているという状況で、会社を預からせていただいたことになりました。

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