注目の美術展や企画展などのキュレーターが、見どころを語る本連載。単に訪れるだけでは分からないような隠れたストーリーなどもつまびらかにしながら、展示の見どころを語ってもらう。
5月17日から4回連続で紹介するのは、現在、東京都美術館で開催中の「クリムト展 ウィーンと日本1900」。19世紀末のウィーンを代表する画家、グスタフ・クリムト。華やかな装飾性と世紀末的な官能性をあわせ持つその作品は、今なお、圧倒的な人気を誇っている。
そんなクリムトの代表作など、過去最大級の規模で集めた展示の「見どころ」は何か。東京都美術館の学芸員・小林明子氏が、より展示を楽しめるよう、クリムトの半生や作品を解説。クリムトは多様な美術品や伝統工芸、建築などからも刺激を受けて、作品に盛り込んでいた。そして当時、欧州で流行していたジャポニズムからも影響を受けていたという。連載3回目ではクリムト作品にあるジャポニズムの影響について、話を聞いた。どういった部分に日本美術の要素があるのだろうか。
クリムトは、いろいろな作風に挑戦した画家なのですね。
東京都美術館・小林明子学芸員(以下、小林):クリムトの作風を大きく分けると3つの時代に区切ることができます。
最初の頃は、アカデミックな時代。これは劇場装飾などを手掛けていた時代です。クリムトの最初の3分の1くらいがそれに当たります。その後、1900年に入る頃、40歳くらいからは黄金様式の時代に入っていきました。
それが10年くらい続いて、その後クリムトは一切、「金を」使わなくなります。
黄金時代の次はカラフルな色彩の時代。1910年以降のクリムトの後期です。そして1918年にクリムトは亡くなります。

今回出品される『オイゲニア・プリマフェージの肖像』は、豊田市美術館所蔵の肖像画です。これは1913~1914年くらいの作品ですが、肖像画を見ると、女性は写実的に描かれているけれど、衣服はかなりカラフルに、まるでモザイクやパッチワークのように、色とりどりの色彩が組み合わされています。
背景の明るい黄色が印象的な作品ですが、周囲に花が散らされていたりして、非常に明るい。色が本当に豊富に使われています。この時代、もちろんほかの画家にもカラフルな作品はありましたが、クリムトのこういった色彩のセンス、色の組み合わせのセンスはやはり特徴があります。
またこの作品の右上には鳳凰(ほうおう)が描かれています。
今回の展覧会のもう1つのポイントは、クリムトの日本美術の受容です。
クリムトは、古今東西の芸術表現を柔軟に、自分らしく絵画に取り入れてきました。分離派の活動の目的には、広くほかの都市とかほかの国のものを紹介しようということがありました。
黄金時代に金を使っていたのは、中世の、例えばビザンティンやモザイクの表現の影響を受けていますが、同時に日本の金箔の表現にも影響を受けています。工芸品や琳派(りんぱ)の金を使った作品など、19世紀後半の欧州では実際に日本の美術がモノと一緒に紹介されていました。
それは「ジャポニズム」といわれましたが、クリムトだけでなく、各国の芸術家が日本美術の表現に新しさを発見しました。陰影のない平面的な表現や浮世絵の色彩感覚といったものを取り入れていったのです。その流れの中でクリムトも日本の金の工芸品などを見て、それを取り入れた。
この鳳凰も東洋の磁器に描かれていた鳥を使っているともいわれています。そこで今回は、日本の影響というテーマで1つ、章を立てて、見てもらいます。
ほかにも日本の影響を受けた作品はありますか。
小林:例えば、この『赤子(ゆりかご)』というクリムト晩年の作品は、かなり色とりどりで変わっているけれど、てっぺんに赤ちゃんがいて、三角形の構造になっています。

赤ちゃんを覆っているのは色とりどりの布地で、パッチワークのように組み合わされていますが、こうした布の色彩や柄は、日本の着物の影響ではないかともいわれています。
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