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 注目の美術展や企画展などのキュレーターが、見どころを語る本連載。単に訪れるだけでは分からないような隠れたストーリーなどもつまびらかにしながら、展示の見どころを語ってもらう。

 5月17日から4回連続で紹介するのは、現在、東京都美術館で開催中の「クリムト展 ウィーンと日本1900」。19世紀末のウィーンを代表する画家、グスタフ・クリムト。華やかな装飾性と世紀末的な官能性をあわせ持つその作品は、今なお、圧倒的な人気を誇っている。

 そんなクリムトの代表作など、過去最大級の規模で集めた展示の「見どころ」は何か。東京都美術館の学芸員・小林明子氏が、より展示を楽しめるよう、クリムトの半生や作品を解説。連載2回目ではクリムトが「分離派」として独立した後、発表して話題になった作品から解説をスタートする。最初に取り上げるのは『ヌーダ・ヴェリタス』。「分離派」として新たな表現方法に挑むクリムトの、どんな思いが込められているのだろうか。

クリムトの作品は、当時のウィーン画壇の中でどういった部分がイノベーティブだったのでしょう。

東京都美術館・小林明子学芸員(以下、小林):当時のウィーン画壇で特に良しとされた作品は、いわゆるアカデミックなもので、人物は写実的に描くし、空間も、遠近法を使って整合性のあるように描くことが良しとされてきました。

分離派として注目を集めた作品には、どんなものがあったのでしょう、

小林:これが、クリムトが「分離派」と関連して制作した『ヌーダ・ヴェリタス』という作品です。タイトルを日本語に訳すと『裸の真実』。

グスタフ・クリムト《ヌーダ・ヴェリタス(裸の真実)》
1899年 油彩、カンヴァス 244×56.5cm オーストリア演劇博物館
(C)KHM-Museumsverband, Theatermuseum Vienna

 クリムトが「分離派」を立ち上げた頃に構想して、分離派の展覧会の中で発表した女性像です。これは寓意像で、現実の女性を描いているというよりも、信念を象徴するような形のないものを表現、体現する女性像なんです。

 ここでまず見てもらいたいのは、女性が鏡を持っていることです。

 右手に持つ丸いものが鏡です。伝統的に鏡というものは真実を表すという意味を持ちます。さらに女性は裸で描かれていて、この裸の女性も真実を表現します。何も身に付けていないということがありのままの姿であるということなんですね。

 鏡と裸の女性。これでクリムトは真実を表現したわけです。真の芸術というものを追求するぞという、分離派の理念を、この女性像で表現したとも解釈できます。

 さらに女性像の上と下には文字が書かれてありますよね。こうやって絵画と文字を組み合わせるのも非常にデザイン的で、当時、絵画の中にこういうものを描き込むことはあまりしませんでした。

 書かれているのは詩人・シラーの詩です。「大衆に迎合しない芸術こそが真の芸術である」というような内容の詩が書いてあって、この詩と絵を合わせて、「分離派」の態度を示しているわけです。

 また、この女性はどこかなまめかしいわけですよね。

 裸であるというのもありますが、この女性は髪を結っていません。髪が長く伸びていて、白い肌に青い目、赤い唇が際立っている。そんな女性像です。

 こうした女性表現は「ファム・ファタール」、日本語だと「運命の女」とか「宿命の女」といわれていました。要するに魔性の女性です。世紀末の時代は、クリムトだけでなく、芸術の中で、男性をとりこにする魅力を備えた女性を描写するのが1つの表現手段でもあったんです。

 つまりこの作品は、クリムトの真実の表明でもあるけれど、同時に時代の流行も盛り込まれているわけです。どこかつやっぽい、ファム・ファタールを連想させる女性が表現されていて。

 通常、理念の表明であれば、もう少しかっちりした表現で、きりっとした女性を描くでしょう。けれどクリムトは、むしろ女性らしさやつややかさを前面に出していった。そこも新しいと思います。

 あとは絵画の形状や、渦巻き模様などを背景に描くようなところ、それによって1つの装飾的な画面を構成するところは、いかにもクリムトらしいですよね。これは、その後も作品に共通する特徴です。