なぜ秀才は天才を「殺す」のか

『転職の思考法』では個人の、『天才を殺す凡人』は組織の、転換点を描いています。

北野:『天才を殺す凡人』に通じますが、「大企業だと天才は殺されちゃう」という話はよく聞きますよね。

 僕はそれに対して、両方あるなと思っています。1つは、本当に多分そうだろうなということ。

 もう1つ、「大企業に天才は必要なのか」という論もあると思っています。そもそも、いらないんじゃないか、と。

 なぜかというと、大きな会社はもう成熟していて、その過程の中でその会社が果たすべき役割は担ってきているわけです。後は次の時代に変わっていく際に、大きな会社が小さな会社をエンパワーしてあげたり、バトンを正しい形で渡してあげたりすること。

 そしてその中で、できるだけ1人でも不幸になる従業員を減らすことでしょう。不幸な形で辞める人や苦しむ人を減らす方が、実は大きな視点で見た時に、価値がある気がしています。

 だから「大企業では天才が殺される」というのは、半分は正しいけれど、半分は違っていると僕は思っています。

 『転職の思考法』は個人の思考法で、『天才を殺す凡人』は組織の思考法だと思っています。だから『転職の思考法』は一人ひとりがどうやったら自分らしいキャリアを選べるかという視点でした。

 一方で『天才を殺す凡人』では、とはいえ経済はシステムが動かしているし、体制が動かしているわけで、それならば、その体制はどういうふうに思考を整理すればいいのか、というのを描いています。

大企業に勤めている人は特に『天才を殺す凡人』に強く共感するのではないかと思いました。

北野:『天才を殺す凡人』と言っているので、本には「天才」「秀才」「凡人」の3者が出てきます。

 ただこれはたとえで、別に「天才がいます」「秀才がいます」「凡人がいます」ということではありません。

 組織の中には天才の要素、すなわち創造性の要素と、秀才の要素、すなわち再現性の要素と、凡人の要素、つまり共感性の要素が存在していて、それは1人の個人の中にも存在しているわけです。

 そしてこの『天才を殺す凡人』でしか描けなかったのは、組織がどうしたら挑戦する人たちを応援できて、彼らを殺さないようにするのか、ということでした。

 今の大きな会社では、天才たちが物理的にもう高齢で、亡くなっていたりします。スティーブ・ジョブズが分かりやすい例でしょう。

 天才の次に来るのは秀才たちで、秀才の下に普通の人がついていって、新しく入ってきた天才たちが殺されてしまう、という構造になっているんです。大きな会社の中では、普通に起こり得ますよね。

 天才と秀才の圧倒的な違いは何か。

 天才たちは、孤独の中で新しいものを作り続けてきて、圧倒的に失敗しているし、安定の中でも新しいものを作り続けなければ真の安定はないことを、経験としても感覚的に理解している。

 けれど、悪い意味での秀才というのは、失敗したことのない、エリート街道を歩いてきた人たちです。ですから、新しいことに挑戦することに対する寛容度が違うし、対処の仕方も違う。それが、この本で書いていることです。

北野唯我氏のラインアップ 全4回(毎週月曜日掲載)
  • 01 「転職だけが解ではない」
  • 02 著者が描いた日本企業の転換点
  • 03 大企業でイノベーションが起こらないワケ
  • 04 「才能を生かして幸せに働いてもらいたい」
※今後の内容は変わることがあります
>> 一覧
まずは会員登録(無料)

有料会員限定記事を月3本まで閲覧できるなど、
有料会員の一部サービスを利用できます。

※こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

※有料登録手続きをしない限り、無料で一部サービスを利用し続けられます。