【日経ビジネス解説】ヤプリ庵原保文社長の横顔

 経営者たちが明かすあらゆる話の中でも、特に多くの人の心を揺さぶるのは、困難に直面したときの乗り越え方だ。そして本セッションでは話が深まるにつれ、登壇した3人の意外な共通点も明らかになった。それが創業間もない頃のエンジニアとのコミュニケーションについて。

 3人ともエンジニアではないので、自分が手を動かして商品やサービスを開発できるわけではない。だからこそ実際に汗をかくエンジニアとどのようにコミュニケーションを取るのかが事業の成否の鍵を握る。そしてセッション内でヤプリの庵原保文社長が触れた通り、このコミュニケーションにつまずけば、結局は組織がうまく回らず、会社も終わる。だからこそ庵原氏は耐える力が必要と説く。

 庵原氏の現在に至るまでの経緯もまさに「耐える」ことの連続だった。先の見えない困難な中でも、諦めなければ道は開ける。庵原氏はヤプリの経営を通してそれを体現してきた。

 スノーボード雑誌の編集者からヤフー、シティバンクを経て、ヤプリを創業した庵原氏だが、起業を意識したのはヤフーで働いていた頃のこと。ヤフースポーツやヤフーファイナンスなど大きな企画を次々と当てた。そのうち「優秀なエンジニアとデザイナーがいれば独立できるのではないか」と考えるようになった。

 独立に向けてビジネスの可能性を模索し、プログラミング知識がなくても、誰もが簡単にアプリを作れるような事業を思い付く。だが、そこからがいばらの道だった。

 そもそも創業者の3人はそれぞれに仕事を持っているから、平日の夜か週末しか開発に携わる時間はない。仕様書の作成やウェブデザイン、プログラミングなど、夜な夜な作業にいそしむが、それでも集中力が切れることはよくある。まだ誰も見たことのないサービスを開発しているのだ。それが本当に市場に求められているのかさえ、分かるわけがない。ただ自分たちを信じるしかないのだ。孤独との戦いだろう。

 一筋の光を信じて、ひたすら孤独な開発作業に耐えると、ようやくサービスの発表に至る。だがこの後も苦労の日々は変わらなかった。利用者が、ほとんど見つからなかったのだ。アプリを独自に作ることができれば、誰が喜ぶのか。「音楽業界をターゲットに、アーティスト独自のアプリが作れると紹介すれば、受けるんじゃないか」。こんなふうに、1つずつ仮説を立てて、サービスを売り込んでいった。

 結果、最も反響が良かったのが、複数店を営む小売りチェーンや、アパレルだった。ちょうどスマホが拡大する中、ポイントカードをデジタル化したり、ネット通販を強化したりして、デジタルトランスフォーメーションを進める業界が、ようやくヤプリに反応したのだ。

 こうした業界を見つけられたのは、「消去法の結果でしかない」と庵原氏は明かす。つまり、あらゆる業界に売り込み、1つずつ「×印」を付けながら、玉砕する経験を重ねたことが、最終的には突破口になった。

 本セッションで庵原氏は、繰り返し「耐える力」が経営者には必要と語っている。判断に困ったときには急いで決めず、週末もストレスに耐えて、考え続ける。創業メンバーとの確執が生まれたり、カッとなったりしたときも、感情に流されないように耐えて、まずは相手の立場で考える。

 思えば会社組織とは、多様な思いを抱えた個人の集合体でもある。それぞれが違う立場でモノを考えているということを理解した上で、1つの目標に向かわせることこそ、経営者の一番の仕事でもある。そのためには、リーダーが強く自己主張をするのではなく、自分を抑え、相手に対する想像力を働かせること。それは働く仲間ばかりではなく、顧客やライバルに対する姿勢でも同じだ。

 庵原氏は「テクノロジーの民主化」を課題に掲げる。デジタル化から取り残された業界を変えるために必要なのは、サービスを強引に売り込む力ではなく、テクノロジーを求める人々の声を聞く力、つまりは庵原氏のような忍耐力や耐える力なのではないだろうか。人々の声に耳を傾ける庵原氏が、小売りやアパレルに続いて、世の中をどう変えるのか。デジタル化が待たれる業界はまだたくさん眠っている。

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