【日経ビジネス解説】オクト・稲田武夫社長の横顔
記事の前編(詳細は「会社員生活が修行の場、イマドキの起業家はいきなり起業しない」)でも解説しているが、本セッションに登場した3人の経営者にはいくつかの共通点がある。その1つが、現在の事業ともともと深いかかわりがある業界にいたわけではないということだ。記事前編でも、3人の経営者がそれぞれ起業にいたる経緯について触れている。
中でも建設プロジェクトの管理サービス「ANDPAD(アンドパッド)」を提供するオクトの稲田武夫社長は、事業が軌道に乗るまで「業界の壁」に直面し、それを乗り越えるのに大変な苦労を経験した。
大学時代にベンチャー企業を手伝い、新卒でリクルートに入社してからも、新規事業の立ち上げなどに携わってきた稲田氏。この頃、関わった事業は人材サービスや決済サービス、アパレルのネット通販など多岐にわたる。ただ共通しているのは、主にBtoC向けビジネスであり、建設・建築業界とは縁もゆかりもないということ。
「高い山に登れるか」「その山で一番になれるか」。この2つの問いを投げかけ、模索を重ねた中で、まずたどり着いたのが住まいや不動産、住宅などの業界だったという。どんな事業の可能性があるのか検討する過程で、リフォーム会社の検索サイトをつくったことがきっかけとなって、現場の施工会社の悩みに乗るようになった。これがアンドパッドへつながっていく。
同社の設立は2016年。建設現場で働く人々の間でも少しずつスマホが浸透し始め、アンドパッドのようなアプリを活用することに抵抗感を示す人は、少しずつ減ってはいた。だが、当初は強力なライバルの存在に苦戦した。
同じような施工管理ツールを提供するライバル会社は、もともと施工会社の出身で建設・建築業界にも明るく、人脈もある。営業力は抜群だ。加えてこの業界は年齢が高い方も多く、IT業界に対するアレルギーも強い。そしてBtoC向けの最先端サービスばかりを手掛けてきた稲田氏のキャリアは、こうした古い業界の人々が強く共感できるようなものでは、あまりなかった。若くてスマートな稲田氏の風貌も、泥臭さや実直さを重視しがちな業界ではあまり有利には働かなかった。
「営業では勝てない」
営業力では、ライバルには及ばない。それはオクトにとっては大きな弱点でもある。だが稲田氏がその弱さを認めたことが、大きな転換点へとつながっていく。「営業で勝てないなら、何で勝負をすればいいのか」。考えた結果、改めてプロダクトの質を高めるという原点に戻っていった。
「使い比べてもらって、うちのアプリが使いやすければきっとお客さんは支持してくれるはずだ」。営業ではなく、製品をブラッシュアップするために現場を回り、職人の声を集め、反映し、また意見を聞いた。とにかく職人にとって扱いやすい工夫を重ねていくと、使い勝手の良さが現場からクチコミで広がり、アンドパッドの利用者は加速していった。現段階でも契約する企業は1600社を超え、ユーザーは10万人に達するという。
そしてこの9月、稲田氏は自らの肩書きを「CEO兼CPO」に変えて、改めて開発に多くの時間を割くよう決断した。何よりもプロダクトのクオリティを高めることが成長につながると信じているからだろう。
幅広い産業の中でも、建設・建築業界は深刻な人手不足に直面している。現場の高齢化が進む一方で、若手に対する教育は後手に回り、外国人の職人も増えてきている。日本が抱える課題の縮図とも言えるこの業界を、稲田氏がどのように課題解決していくのか。オクトが挑む課題は大きい。
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