読者の皆さんは「新消費」という言葉に、あまり耳なじみがないかもしれない。この言葉は最近、中国で次々と生まれる新しいブランドや店舗、ビジネスモデルなどをまとめたトレンドを表現する言葉として、中国メディアやSNSなどで近年よく目にするようになった。

 中国のハイテクを導入した売り方というと、人工知能(AI)などによる効率的なレコメンデーション、超特急の配送、無人販売といったものが想像されがちだ。しかし実は日本人の目から見ても面白いデザインや売り方などで「楽しさ」をアピールする「エモい(感情を揺さぶる)」ブランドが増殖中なのだ。例えばその代表格であるアートトイの「POP MART」は2020年に日本進出を果たし、すでに複数店舗を構える。

期間限定で営業している東京・渋谷のPOP MART。スクランブル交差点に面した商業施設内の一等地に店を構える
期間限定で営業している東京・渋谷のPOP MART。スクランブル交差点に面した商業施設内の一等地に店を構える

 中国に対しては、政治体制の違いなどから距離感を感じる人が多いのも事実だろう。しかしこの「新消費」のトレンドをよく観察してみると、そうした「ちょっと違う国」ではなく、我々が参考にできる部分が多いことに気付く。なぜなら、「新消費」とは大量消費時代の終わりによってどの国にも訪れる「コト消費」の新しい形だからだ。つまり日本ではすでに使い古された感さえある「コト消費」という言葉がデジタル技術の発展により姿を変えた(つまりデジタルトランスフォーメーションした)と言ってしまってもよいだろう。

 消費の体験やそのときに受ける気持ち(エモさ)といったものが重視されるコト消費では、モノ自体にまつわる価格や性能だけでなく、その情報に接し、それを手にするまでのプロセスも購入の意思決定に大きな影響を及ぼす。だからそのプロセスに介在するKOL(キーオピニオンリーダー、インフルエンサーとほぼ同義)やメディアの存在感も大きい。

 中国には現在1000万人以上のKOLがいるといわれている。様々なコンテンツを創り、拡散することで生計を立てるKOLがこれだけの人数いるということは、彼らの「推し」によって実際に売り上げが変わると企業が判断していることの証左だ。これもまた、規模こそ違えど日本でも起こっている現象であることは皆さんご存じの通りだ。

 中国に関わって10年ほどになる筆者は、もともと東京の欧米系のPR会社に就職し、現在は中国・北京で主に日系クライアントに広告・コミュニケーション戦略を提供している。そうした経験をまとめ、このたび『新消費 デジタルが実現する新時代の価値創造』(プレジデント社)を出版した。書籍ではできるだけ体系的に、「デジタル×コト消費」で変わるビジネスの在り方を、EC(電子商取引)、KOLとその背後にいる芸能事務所MCN(マルチチャンネルネットワーク)、D2C(Direct to Consumer、メーカーが消費者に直接製品を販売する手法)やC2M(Consumer to Manufacturer、製造者が消費者から直接注文を受けて商品を製造する手法)といった「モノ」づくりの最新潮流などのカテゴリーに分けて紹介した。

 今回紹介するのは、書籍で取り上げたKOLの事例の余話になる。複雑化・高度化するKOLビジネスはその規模が大きくなるにつれ、単なる個人による気まぐれな発信から、組織による仕組み化されたビジネスに変わってきた。しかしその成長の過程でゼロからイチを作り出すクリエイター本人と、イチをヒャクにする周囲のビジネスパーソンの思惑はしばしば相いれないものとなる。これもまた日本でも近い将来に起こり得る問題だろうと思っている。

伝統文化の伝道者、大物KOL「李子柒」

 李子柒(リー・ズーチー)は四川省のとある地方都市出身の大物KOLの一人で、現在SNSの微博(ウェイボ)では2760万人、主に国外向けのYouTubeでは1640万のフォロワーを抱える。もともとは貧困から学校を中退し都会で出稼ぎ生活をしていた彼女は、育ての親である祖母の病気をきっかけに故郷に戻り、ECにショップを開いて服などを売るようになった。そしてその宣伝のために2016年から動画投稿を始める。当初は食にまつわる動画が多く、11月になって蘭州ラーメンを粉から手打ちで作る動画が5000万回再生され出世作となった。その後は投稿内容を刺しゅうや染め物、年越しの習慣など伝統文化にまつわる様々な分野に広げていった。

李子柒氏のウェイボ
李子柒氏のウェイボ
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 近年の中国では若者を中心に「国風」「国潮(国風潮流=国風トレンドの略)」と呼ばれる伝統文化の再評価が高まっており、伝統衣装である漢服を着て街を歩くのがはやったり、故宮や各地の博物館の文物を紹介する番組がヒットしたり、それらを題材にしたコラボアイテムがヒットしたり、といった現象が起きていた。李子柒はこうした「国潮」ビジネスの波に乗って成功したKOLと紹介されることが多い。また東洋的なスローライフを紹介した動画はYouTubeで多くの海外のファンに楽しまれている。中国文化を海外にアピールしたい政府の思惑もあってか、人民日報や中国国営中央テレビがSNSで肯定的に取り上げるといったお墨付きを得て、人気はさらに広がっていった。

 一般的なKOLと違いライブ配信での物販や他企業の広告への出演を行わない彼女は、蘭州ラーメンの動画ヒットと前後する時期にMCN「微念」に所属し、マネタイズの一環として2018年に自らのECショップを開いた。自らのブランドで様々な伝統食品を扱い、2020年には16億元(約285億円)を売り上げたと報道された。

 日本でもUUUMなどが知られるMCNは、一般的にKOLのための芸能事務所と説明されることが多い。中国ではすでに3万社近くのMCNが活動しているといわれ、一般的な芸能マネジメントに加え、KOL本人とは専門性が異なるもののマネタイズにとって重要なEC関連、つまり商品企画、量産工場の選定や交渉、物流やアフターサービス、ECプラットフォームとの交渉を引き受けることで発言力を増している。

 KOLを取り巻くビジネス構造が複雑になるにつれ、一定以上の成功のためにはMCNに所属する(あるいは自ら個人事務所のようなMCNを組織する)ことが必須になっている、といっても過言ではないだろう。李子柒のEC成功も、MCNの貢献なくしてはあり得なかったはずだ。多くのフォロワーを集め、政府にも支持され、マネタイズにも成功する、しかも所属するMCN微念は動画投稿アプリ「TikTok」を手掛けるバイトダンスからの投資も受けた。李子柒は中国に1000万人いると言われるKOLの中でもトップ10に入る成功を収めていたといっていい。去年までは……。

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