台湾と香港はともに「大陸」の外の中華圏として強いつながりを持ち、台湾人の香港留学、香港人の台湾留学はともによく行われている。2020年1月11日に台湾総統選挙を控える中で起きた今回の香港の抗議活動で突然、留学が中断されることになった台湾人留学生たちは、今何を考えているのか。香港中文大に在籍する若手日本人研究者、石井大智氏が台湾に渡ってインタビューする中で見えてきたものとは。
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大学からの緊急避難:そのとき、台湾当局はどう動いたのか
台湾人が香港の大学に入学する際は、台湾における⼤学学科能⼒測験(センター 試験に相当)のスコアを直接利⽤できる。台湾から香港への留学生は2018年の段階でおよそ1000人であり、そのうちおよそ3分の1にあたる300人ほどが香港中文大学に留学している。筆者の在籍する香港中文大学は抗議者と警察の間で激しい抗争の場となった(第1報)。その中で留学生の「救出」のため、ひときわ迅速に動いたのが台湾だった。
台湾は中華人民共和国の特別行政区である香港に、在外公館を持っていない。そのため形式上は民間の両地交流機関とされている「台北経済文化弁事処」が、中華民国大陸委員会の香港での出先機関として香港にいる台湾人の保護を行っている。弁事処は抗議者と警察が衝突して交通がほとんど遮断されていた中、衝突から3日目の11月13日には大学近くのバリケードの手前までバスを送り、一部の台湾人学生を空港まで送り届けた。
ただし実際にはバスに乗れなかった台湾人学生も多くいたようだ。キャンパス内の台湾人留学生はフェイスブックのグループで連絡を取り合っていた。そのグループ上で数時間前に突然バスがキャンパスにやってくるということが台湾人学生会によって告知された。もともとキャンパスをすぐに去るつもりがなかった学生も多くいたため、出発の準備が間に合わず乗れなかった学生もいたようだ。台湾人留学生の友人を持つ日本人留学生数人は「彼らは別れを言う時間もないほどに突然消えていった」と話していた。
レノン・ウォールに貼られた香港中文大学からの台湾人学生避難を取り上げた雑誌の特集
台湾人学生が香港から「緊急避難」したというニュースは、台湾メディアで大きく取り上げられた。台湾の報道陣は空港のイミグレーション前の到着エリアにまで入ることが許可され、台湾人留学生はボーディングブリッジからターミナルに入った瞬間に囲み取材を受けたという。彼らはその後も様々なメディアに取り上げられた。ビジネス誌である「商業周刊」も19年11月号の香港特集において、香港中文大学の台湾人留学生がどのようにキャンパスから避難したかを詳しく取り上げている。
台湾の「東大」とも呼ばれる国立台湾大学では、香港中文大学で抗争が起きてから3日目の段階で、留学生も含めた⾹港の大学で学ぶ全ての学⽣を受け⼊れると発表した。国籍を問わずに学⽣を受け⼊れると発表したため、⾹港の大学にいた⽇本⼈学⽣で留学先を台湾に振り替えた人もいる。国立台湾大学の場合、12月はじめの段階で250人の香港で学んでいた学生が在籍登録したようだ。
ただし、この仕組みにおいて学生は台湾の各大学の「訪問学生」という非正規の身分だ。香港の大学に単位が移せるとは限らず、そのような事情も香港に新学期より帰ることを希望する台湾人留学生が多い理由の1つだろう。私が聞き取った限りでは、台湾の大学に訪問学生としての身分を申請しているのは本格的に授業を受けるためというより、ただ台湾で図書館などの大学施設を利用するためのように思える。
政治利用を警戒する台湾留学生
帰国を余儀なくされ、学業を強制中断せざるを得なかった台湾人留学生は今、何を感じているのか。台湾に渡って香港中文大に留学していた5人ほどの学生にインタビューしたところ、当局やマスコミの対応に関する様々な憶測が飛び交っていることを強く感じた。台湾では20年1月に総統選挙が予定されており、その焦点の1つが中国との関係性だ。
香港での一連のデモは、中国に対し距離を保とうとする民進党政権を有利にし、逆に中国寄りといわれる国民党を不利にしたとされる。今回、香港中文大学の台湾人学生たちがここまで大きく報道され、そのための取材のお膳立ても周到に整えられていたのは、「中国に近寄るのは危ない」という有権者の感情をあおり、さらに当局の迅速な対応によって民進党への支持をさらに集める狙いがあるのではないかと感じている留学生が多いようだ。台湾当局がどこまで意図的だったかはわからないが、台湾メディアで香港の大学での抗争がセンセーショナルに伝えられることが、台湾の選挙に結果として影響するということは十分あり得るだろう。ちなみに民進党の蔡英文総統は国民党の総統候補である韓国瑜高雄市長から香港情勢を選挙活動に利用していると指摘されていたが、12月10日に否定している。
ある台湾人留学生は、「意図せず自らが総統選に政治的影響を与えてしまうことを避けるために、メディアのインタビューには絶対に答えない」と述べた。台湾人留学生は台湾の大学の学生会などから依頼を受けて講演会などを実施しているが、200人ほどの参加者が集まったセッションでもメディアの立ち入りを断固として断ったそうだ。
二二八和平公園に設置された香港の抗議活動での「犠牲者」の慰霊碑
両親に帰国を止められる台湾人留学生も
私が台湾でインタビューした限りでは、緊急帰国した台湾人留学生も含めて、ほぼ全ての台湾人留学生が1月の新学期には香港に帰ることを希望していた。1月11日の台湾総統選に投票してから香港に帰りたいという学生もいた。
ただし、彼らの両親の中には子供が香港に帰ることに猛烈に反対する人もいた。かつて台湾の外からやってきた国⺠党は元から台湾に住む住⺠を弾圧していた。その記憶を持つ世代にとっては、メディア上で見る香港警察の抗議者への対応が重なって見えるのだという。かつての国民党と現在の中国共産党が同じような存在に見えているのだ。
今、台湾の多くの大学では、香港での抗議活動についての情報やメッセージを数多く貼ったレノン・ウォールが次々と作られている。主に香港人留学生が作り始め、その後他の台湾人学生や学生会(台湾の学生会も香港と同じように政治的運動を多くする)も積極的に参加し始めたという。
国立台湾大学にもレノン・ウォールが存在する。学生会と香港人学生が話し合って設置したものだ。注⾳で「中大加油」と書かれた付箋が貼ってあるなど、台湾ならではのメッセージも多くあった。注⾳とは台湾で使⽤される漢字の発⾳記号 であり、⼤陸では使われていない。あえて注⾳で「中大加油」と書くのは台湾⼈としての独⾃のアイデンティティーを⾒せているとも言えるし、ピンインで漢字の発⾳を表す⼤陸⼈と⾃分たちは違うという意味合いも込められているようだ。ちなみにこのレノン・ウォールは大陸人観光客によって一度壊され、その大陸人は国外追放となった。
台湾でも何度か香港関連のデモが行われている。9月29日に台北で行われた抗議活動には主催者発表で10万人近くが集まった。台湾に拠点を置く複数のNGO(非政府組織)など社会運動団体が連合して実施したもので、その中には、台湾にいる香港人留学生によって新たに立ち上げられた団体も加わっている。デモではいくつかの主張が掲げられたが、「一つの中国」という考え方を明確に拒否しており、また台湾当局には香港からの政治難民を受け入れるための具体的な法制度の制定を求めている。また11月17日には台北の中正紀念堂前で主催者発表で2万人近くが集まり「香港に栄光あれ」がなんと台湾語で合唱された。
新しい団体を立ち上げた香港人学生は、もともと台湾のNGOと強いつながりがあったわけではない。この抗議活動を通してLGBT(性的少数者)支援団体や環境保護団体といった台湾NGOと結びつくこととなった。もともと台湾にいる香港人同士は、それほど群れる傾向にはなかったという。香港人同士、そして香港人と台湾人の間でも、香港の抗議活動を機に「団結」が急速に進んでいったと言える。
ほぼ独立国家の体裁を取る台湾と、一国二制度のもと北京の強い影響力の下にある香港にとって中国の捉え方は異なる点も多い。台湾が中華民国としての「一つの中国」を捨て去って台湾として独立の道を歩むことと、香港が中国から独立することの意味は全く異なるからだ。
しかし、力を伸ばす中国を脅威に感じるという意味では、両者の考え方は共通している。また香港のウェブメディアは中文で書かれており、その文章を台湾人はほぼ理解できるという点でも、香港と台湾は共鳴しやすい関係にある。香港、台湾の両地を行き来する若者は、複雑な関係性を一番体感している存在と言えるだろう。
■修正履歴
写真の説明を一部修正しました。 [2019/12/20 13:30]
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