待ちに待った忘年会シーズンが到来。毎晩のように好きなお酒を楽しむ予定を立てている人も多いのでは。最近は「酒は体に悪い」などといわれることが増えており、著名な医学雑誌にも同様の趣旨の論文が掲載され、議論を呼んでいる。酒好きにとっては由々しき事態。実際のところはどうなのか、酒ジャーナリストで新刊『酒好き医師が教える もっと! 最高の飲み方』を出版した葉石かおりさんに解説してもらおう。
「少量でも飲酒はリスクがある」と指摘する論文が発表された。その内容を詳しく見ていこう。(写真:(c)Cristi L-123RF)
こんにちは。酒ジャーナリストの葉石かおりです。忘年会シーズンは、「大手を振ってお酒が飲める」と心待ちにしている方も少なくないでしょう。一方、最近は、多くのメディアで「飲酒による健康リスク」の問題も頻繁に取り上げられ、何かと不安に思っているかもしれません。
このたび、『酒好き医師が教える もっと! 最高の飲み方』という本を出版しました。世の中には“自分も酒好き”という医師がいます。そんな方々に、私が酒飲みを代表して「健康的に飲み続ける方法」を聞き出し、まとめたのがこの本。同じコンセプトの前作が好評だったことから、さらに深掘りする新作を出すこととなりました。
飲酒のリスクが問題になっているからこそ、自分の体質を考慮して、リスクを最小限に抑えることが重要になります。そこで、この忘年会の季節に知っておきたい、飲酒に関する最新知識を、本の中から紹介していきましょう。
最近は、「酒は少量でも病気のリスクが上がる」という研究が増えてきました。この話をすると、「ほどほどに飲む分には健康にいいと思っていたのに……」とショックを受ける人がたくさんいます。結局のところ、酒は百薬の長なのか、そうではないのか。今回は、酒好きな人なら気になるこのテーマについて解説します。
「酒は百薬の長」は幻か?
「酒は百薬の長」という言葉は、今もなお多くの人に信じられているでしょう。それを裏付けるものとして、「Jカーブ効果」という言葉があるのをご存じでしょうか。
横軸に飲酒量を、縦軸に死亡率をとってグラフにすると、飲酒量が増えるにつれて、あるところまでは死亡率が下がり、それ以降は上がっていくので、グラフの形が「J」のようになるのです。
アルコール消費量と死亡リスクの関係(海外)
海外の14の研究をまとめて解析した結果。適量を飲酒する人は死亡リスクが低い傾向が確認できる。(Holman CD,et al. Med J Aust. 1996;164:141-145.)
そして、死亡率が最も低いところが「ほどほどの量」つまり「適量」というわけです。日本では、1日当たり、純アルコール換算で20g(女性はその半分程度)が適量とされています。20gとは、ビールなら中瓶1本、日本酒なら1合、ワインならグラス2~3杯です。
ところが、世界的にアルコールのリスクについての研究が進み、2018年4月には、医学雑誌『LANCET(ランセット)』に、英国の研究で、「死亡リスクを高めない飲酒量は、純アルコールに換算して週に100gが上限」と報告されました(Lancet.2018;391(10129):1513-1523)。そして、同年8月には、やはり『LANCET』に、「195の地域で23のリスクを検証した結果、基本的に飲酒量はゼロがいい」と結論づけた論文が掲載されたのです(Lancet.2018;392:1015-35.)。
『LANCET』は世界的にも権威のある医学雑誌の1つで、その影響はとても大きく、ネットのニュースなどでも大きく取り上げられました。
それにしても、「ゼロがいい」とは! 何とも衝撃的です。
なぜ『LANCET』に掲載された論文では、「基本的に飲酒量はゼロがいい」と言い切っているのでしょうか。飲酒と健康についての研究を手がける筑波大学の吉本尚准教授に聞いてみました。
「この論文は、1990年~2016年にかけて195の国と地域におけるアルコールの消費量とアルコールに起因する死亡などの関係について分析したものです。この論文では最終的に、健康への悪影響を最小化するアルコールの消費レベルは“ゼロ”であるとしています。つまり、全く飲まないことが健康に最もよい、と結論づけているのです」(吉本さん)
酒好きにとっては酷ともいえる“ゼロ”という2文字。吉本さんによると、かなりインパクトがある論文として研究者の間で話題になったそうです。
「今回の研究結果のグラフを見ると、純アルコール換算で10gくらいまではリスクの上昇はあるものの緩やかで、それより多くなると、明確に上昇傾向を示しています。つまり、飲むなら少量がいいよ、でもできたら飲まないほうがいいよ、ということですね」(吉本さん)
アルコール消費量とアルコール関連疾患のリスクの関係
縦軸は相対リスク。横軸はアルコールの消費量。1単位は純アルコール換算で10g。(Lancet.2018;392:1015-35.を基に作成)
研究者も驚いた「飲酒量は“ゼロ”がいい」という結論
かつての「Jカーブ効果」の研究では、少量の飲酒は心筋梗塞などの心疾患のリスクを下げるため、全体の死亡リスクも1日当たり20gぐらいまでは下がる傾向にある、とのことでした。それなのになぜ、『LANCET』の論文ではゼロのほうがいいと言っているのでしょうか。
「確かに、この論文でも虚血性心疾患(心筋梗塞など)については以前と変わらず、『少量飲酒で発症リスクが下がる』という結果が出ており、その部分ではJカーブが確認されています。しかし、乳がん、結核などほかの疾患のリスクは少量飲酒においても高まっていくので、心疾患などの予防効果が相殺されるのです」(吉本さん)
『LANCET』に掲載されたこの論文は、研究者からすると「やっぱり出たか!」という感じだったとか。
「もちろん、1つの論文で結論を出すのは危険です。いろいろなデータを見て判断する必要があります」と吉本さんは前置きしつつも、「この論文の登場で、多くの医師・研究者が『少量飲酒が体にいいとは言えなくなってきた』と感じるようになっていると思います」とのこと。
実は、これまで研究者の間では、Jカーブのグラフにおける「全く飲まない人の死亡リスク」が高過ぎるのでは? と疑問に思われていたそうです。「『LANCET』の論文でその点がクリアになったのは大きいでしょう。また、飲む人より、飲まない人のほうが、がんの発症リスクが低いという点についても裏付けの1つになったと考えています」(吉本さん)。
この結果を見ると、「適量までなら健康にいいから」と大手を振って飲むことはできないのかもしれません……(涙)。
再考を迫られる「適量は1日20g」
また、同じ『LANCET』に2018年4月に掲載された英国の研究で、「死亡リスクを高めない飲酒量は、純アルコールに換算して週に100gが上限」という結論になっています。こちらの論文では、アルコール摂取量が週に100g以下の人では死亡リスクは飲酒量にかかわらず一定だったのに、週に100gを超えてから、150gくらいまでは緩やかに上昇し、それ以降は急上昇しているのです。
残念なことに、死亡リスクを高めない飲酒量が週100gまでというのは、日本で「適量」と考えられている1日当たり20gよりも、週当たりで40gも少なくなっています。もちろん、一つの論文ですべてが決まってしまうわけではありません。しかし、「適量が1日当たり20gというのは多過ぎる。どうやら、健康に配慮するならば減らす方向が望ましい」という議論が、専門家の間で交わされていることは間違いないようです。
少量の飲酒でも病気のリスクは上がるのだとしたら、これまで以上に、自分がお酒を飲むことに対するリスクについて考えなければならないでしょう。
生きている限り、リスクを“ゼロ”にすることなんてできません。だからこそ、自分の体質やアルコール分解能力などを把握して、「どのようなリスクをどこまで受け入れるか」について意識したいところ。
酒を飲む機会が増える季節だからこそ、リスクについて改めて考えたい。(写真:(c) PaylessImages-123RF)
そのために、ヒントとなる材料が、拙著『酒好き医師が教える もっと! 最高の飲み方』で解説しています。
例えば、健康診断で血糖値や中性脂肪、尿酸値が気になる人は、どんなお酒を、どんなふうに飲めばいいのか。
また、飲酒中に記憶がなくなる人、自分が酒乱ではないか、アルコール依存症ではないかと心配な人、がんなどの重大な病気とアルコールの関係が気になる人にも、ヒントとなる専門家の話をまとめました。
さらに、それでもやっぱり飲みたい人にとっての「飲む前に飲む」切り札として、漢方薬や「酢酸菌酵素」などのニューフェースをご紹介しています。
「リスクを考えれば、飲酒量はゼロがいい」では、何とも味気ないですよね。ぜひ、自分なりの“最高の飲み方”を見つけたいものです!
葉石かおり著、浅部伸一監修『酒好き医師が教える もっと! 最高の飲み方』
お酒が好きな人は、「酒は百薬の長」という言葉の通りに、ほどほどに飲めば健康にいいと思っているかもしれません。しかし、最近では「少量でも病気のリスクが上がる」という研究が出てきて、専門家の間で議論されています。「そんなー!もうお酒は飲めないの?」と心配になったみなさん、大丈夫です!健康に与えるリスクを最小限に抑えつつ、お酒を楽しむ「最高の飲み方」をお教えします!
葉石かおり
エッセイスト・酒ジャーナリスト
1966年東京都練馬区生まれ。日本大学文理学部独文学科卒業。ラジオリポーター、女性週刊誌の記者を経て現職に至る。全国の日本酒蔵、本格焼酎・泡盛蔵を巡り、各メディアにコラム、コメントを寄せる。「酒と料理のペアリング」を核に、講演、セミナー活動、酒肴(しゅこう)のレシピ提案を行う。2015年に一般社団法人ジャパン・サケ・アソシエーションを設立。国内外にて世界に通用する酒のプロ、サケ・エキスパートの育成に励み、各地で日本酒イベントをプロデュースする。著書に『酒好き医師が教える もっと! 最高の飲み方』など多数。
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