音声コンテンツに注目が集まっている。対話形式の音声操作に対応したスマートスピーカーが広がってきたことに加え、別のことをしながら聞ける「ながら聴取」が可能なため、動画とは異なるニーズを満たすことができる。
日本でも広がりを見せる音声コンテンツだが、デジタル化の進展が著しい中国では新しい動きが次々と起きている。中国のマーケティング事情に詳しいデルフィス国際営業局の藤井直毅氏に中国の音声コンテンツの状況について寄稿してもらった。
藤井直毅氏の過去の記事はこちら
・中国発アプリ「TikTok」が日本でもウケた背景
・黒字の「中国版AbemaTV」、マンゴーTVに学ぶべきもの
・「中国版Abema」マンゴーTV、番組作りはデータ使い内製で

「なぜ日本人は電車の中で寝ているんですか」。よく中国人にこう聞かれる。とある調査によれば、都内勤務サラリーマンの通勤所要時間は片道平均58分。別の調査によると、その過ごし方は「音楽を聴く」「ネットサーフィン」「ニュースサイト閲覧」「SNS」「寝る」が上位を占めているそうだ。
2018年10月に人材系サービス会社が行った調査によると、上海や深センの平均通勤時間は既に50分を超えているなど、地下鉄網の整備が進んだこともあって中国大都市部の通勤環境はほぼ日本と同じような状況になっている。その時間の使い方もネットサーフィンやSNSチェック、動画閲覧が多い点で日本と似ている。しかし最近、特にホワイトカラーの間でそれらと並んで「寝る」とは正反対の「勉強している」という声をよく聞く。
「少しでも勉強して自分の付加価値を高めないと今は転職先を見つけるのも難しいし、給料も上がらない」(20代男性)、「ある程度の職位につくと教養みたいなものが求められるが、どこから手を付けていいか分からない」(30代女性)。このような言葉に代表されるように、中国の若者の危機感や焦りは強く、通勤のすき間時間は立派な自己研鑽(けんさん)の場となっているのだ。
そして、そのツールとしてよく名前が挙がるのが「音頻(インピン)」アプリ。日本にはない概念だが、ラジオ、ポッドキャスト、オーディオブックなど、音楽を除いた音声コンテンツ全般を指す中国語だ。
iiMedia Research社の調査によると、18年の1年間でインピンのユーザー総数は20%以上の成長を遂げ、4億2500万人に達している。またユーザーの年齢は35歳以下が8割近くを占める。その22%が月収1万元(約15万円)以上と、平均年齢が若い割に収入は高めだ。
インピン配信の最古参とも言えるのがラジオ局だ。中国第2のメディアグループといわれる上海文化広播影視集団(SMG)は14年に経営改革の一環としてグループ内に散在していた12のラジオ局を統合し、東方広播中心と呼ばれる組織を設立した。この東方広播中心がリリースしたアプリ「阿基米德(アルキメデス)FM」は日本の「radiko」のように全国のラジオを1つのアプリで聴くことができる。現在までに50近いラジオ局が参加しており、400万のユーザーを獲得している。
インピンはこれまで音声コンテンツから縁遠かったメディアからも注目を集めている。例えば硬派な経済ジャーナリズムに評価の高い雑誌「財新」は、オンラインで読めるほぼすべての記事に音声読み上げ機能を付加するとともに、18年に自社アプリ内に「財新FM」というインピンのコーナーを設けた。

財新FMはアプリ内だけでなく他社が運営する大手プラットフォームにも同時に配信することで聴取数を増やしている。例えば広東省広州市で暮らすアフリカ系の人々を追った財新FM独自の番組はシリーズ合計で3000万回以上放送され、有力メディアによる後追い記事も多く生まれた。
財新は記事内容が高く評価されているとともに、業界でいちはやく購読の有料化を進めるなど、新しい取り組みにも積極的だ。常に「紙の次」を模索する財新が次に選んだのがインピンという形態だったことは、伝統メディア業界全体の音声コンテンツに対する期待感を表していると言えそうだ。
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