分裂していく香港社会

 香港社会では今回の抗議活動を通して、様々な局面で分断が深まってきた。抗議活動に好意的な意見の多く貼られている「レノン・ウォール」を破壊している人を、何度も見たことがある。道路上で抗議活動について言い争っている人もよく見た。

何者かによって中国国旗が香港の抗議活動を支持するメッセージの上に貼られている(香港大学にて。写真は筆者、以下同)
何者かによって中国国旗が香港の抗議活動を支持するメッセージの上に貼られている(香港大学にて。写真は筆者、以下同)

 大学でも分断が生じている。私が所属する香港中文大学では、中央政府に批判的な姿勢で友人と話していた大陸人学生が他の大陸人学生に殴られた。香港人学生が、寮の部屋の窓から中国国旗を掲げた大陸人学生の部屋を荒らす事件もあった。普段でさえ中国本土出身の学生と香港人学生との間には溝があった。それはさらに広がり、今ではお互いを敵対視する学生も多くいるだろう。世界各国の大学でも、中国本土出身の学生と、香港の抗議活動を応援する学生との対立が生じていると報じられている。

 分断は香港の家庭の中にも入り込んでいる。香港は若年層のテレビ・新聞離れが日本より深刻だ。若年層は民主派に好意的なインターネット上のニュースを参照する一方、高年齢層は政府寄りのテレビや新聞を情報源とすることが多く、触れているニュースが世代によって大きく異なる。また日本は比較的中立的なスタンスに立つメディアが多いが、香港はメディアによって何をどの立場でどう伝えるのかがハッキリしている。それぞれが議論の前提としている情報が大きく異なるために、家族の中でも政治的思想が極端に違うということが発生しがちなのだ。

 「新移民」の家庭では、こうした分断が特に生じやすい。新移民とは近年、中国本土から香港に移民してきた人々を指す言葉だ。両親は大陸で教育を終えてから香港にやってきたが、子どもは幼い頃から香港に住み「香港人」としてのアイデンティティーを持っているケースが多い。両親は自然と政府寄りになるが子どもは抗議活動に好意的になり、家庭で言い争いが絶えないことになる。子どもが家出をして、両親との連絡を絶ってしまうケースも多く見聞きした。両親も子どもも香港では新移民として時に差別を受ける存在だ。それなのに、彼らは分断されてしまうのだ。

 もっとも、分断が可視化されているうちはまだマシなのかもしれない。最近は、人間関係の悪化を恐れて、抗議活動や政治について話すのをやめる人や、職場でそういう話をしてはいけないと上司に言われたという話をよく聞く。あるインターナショナルスクールでは、抗議活動を通して香港人と大陸人の高校生が対立し、大陸人のグループは普通話(中国の標準語。香港は一般に広東語が使用される)でしか話さなくなったという。

 私は、このように分断が隠されるようになると、実は分断はさらに進むのではないかと感じている。今、香港では政治思想のラベリングが進んでいる。例えば「青」と言えば政府・警察支持者を指し、「黄」は抗議者の支持者を示す。そして誰が青色で、誰が黄色なのかと日々噂しているわけである。ただし、当たり前のことだが「青」の中にも抗議者に対して同情的な人もいるし、「黄」の中にも暴力的な抗議活動には部分的にしか賛成しないという人もいる。ビジネスをしていくために「青」を支持するしかない人もいる。

 考え方の詳細を話し合うことなく、自分と異なる色と判断した人物については対話不可能と判断し、自分の世界から「排除」してしまう傾向が加速している。意見の異なる人が対話を避けるようになれば、互いの言い分がさらに理解できなくなる。これが現在、香港の人たちの分断が深刻化する構造の一つなのではないかと感じる。

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