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 食料や毛布は一つの場所に集められており、適宜配給が行われている。さらに学生は鍵を壊して、トラックや大型バスを運転している。学内と学外はバリケードなどで塞がれているため、これらの車は学内のみで運転されている。学生自身でダイヤを掲示し校内バスとして運営している様子も見られた。またゴミ回収も抗争状態になった2日目以降、学生たちの手で行われるようになり、3日目の段階では道にゴミはほとんど見られなかった。

 私が見る限り、警備員も含めた大学職員たちは、すでにキャンパスから脱出を完了したようだ。大学が用意したシャトルバスは大学から徒歩1時間ほどの場所で発着しており、学内で走っている業務用の車は基本的に抗議者が奪取したものだ。大学の中は完全に抗議者の自治によって成立している状況だが、だからと言って学生会が(強い影響力を持ちつつも)全体に指示を出していたり、情報を独占していたりする訳ではない。

 特定の組織が指揮しているわけではないこの抗争において秩序ある組織だった運営が果たせているのは、香港のほかの抗議活動と同様「テレグラム」が活用されていることによる部分が大きい。リアルタイムで警察の位置やどこで何が必要かを多くの人間に同時に通知されている。皆が使っているので、現在では大学側の公式テレグラムまで存在するほどだ。ただそれらも指示というよりは、ただの情報にすぎず、そこでどう行動するかはそれぞれの判断に委ねられている。実際にテレグラム上で今後どうするのかということを話し合っている様子はよく見られるし、そのための集会も時折呼びかけられている。

大学が抗争の現場になることの意味

 かつて香港島の中心部だけでごく平和的に起きていた抗議活動は、今や山に囲まれたアカデミアを催涙弾の白い煙と様々なものを燃やす黒い煙で充満させるまでに深刻化した。見た目は同じような抗議活動かもしれない。だが、大学が抗争の現場になるということは、市街地での抗議活動とはかなり違った意味合いを持つ。

 大学が抗争の場になれば、大学が持つ言論空間としての機能は失われる。パソコンやスマートフォン一つあれば発言できる時代といえども、目の前で抗争が起きて道が塞がれ食料が手に入らない状況で落ちついて自身の意見を構築し、思考を巡らせられるはずがないという物理的な問題が1つ。また、逃げ場のないキャンパス内で抗議者や警察に対し敵対的と取られるメッセージを出すことは危険すぎるため、その精神的な圧力も言論抑制につながる可能性が大きいことは否めない。

 もう1つは大学に警察が入ることが、香港特別行政区の法律上許されるのかという問題である。警察と抗議者の抗争が最近あったのは香港大学、香港中文大学、香港理工大学、香港科技大学ともに香港政府の大學教育資助委員會(UGC)から公費での支援を受けている公立大学ではある。ただし、それぞれの大学は条例で日本の国立大学法人と同様に政府とはあくまで別個の法人として扱われており、さらに大学は土地も自法人で所有していることが多い。香港の大学内は「私有地」とみなすことも十分可能で、そこに警察が差し迫った理由や令状なしに入り込んだと見ることもできる。

 そのため、公権力が私的な空間を武力で抑えたことになる点に、批判が集まっている。私有地の中で集まっていることは、「違法集会」にはなり得ないため、どのような根拠で警察が抗議者の撤退を求めることができるのかも不明だ。警察は記者会見で大学は公的空間であるとすることで行動の正当性を主張しようとしているが、納得していない人が多いようだ。

 大学が公権力の直接のターゲットとなり、大学内で抗争が起きる。それは言論形成への障害という観点でも、警察の行動の適法性という観点においても新たなフェーズに入ったことを示しているというほかない。