米情勢が反体制的活動も含めた香港の社会に与える影響は小さくない。そのために香港でも米大統領選挙への注目が集まった。しかし、香港の民主派の間でも支持する候補は異なった。昨年来、内部対立を徹底的に避けてきた香港の民主派だが、大統領選挙を通してイデオロギーの違いが見えてきた。

 物流・金融・情報など様々な面で中国のゲートウェイとして機能してきた香港は、海外の情勢に大きく影響を受ける構造を持つ。そのため、米大統領選挙への注目も非常に高かった。

 昨年来の政府への抗議活動では強く結束し、一枚岩とみなされがちな香港の民主派だが、米大統領選を巡って支持候補者の違いを巡る対立が起きている。香港のリベラルな民主派にはドナルド・トランプ大統領を支持できないという理由で民主党候補であるジョー・バイデン前副大統領を支持している人々が多い。一方でより急進的な民主派の人々はトランプ大統領の中国・香港政府に対しての制裁を評価しており、さらにメディアなどで噂されている中国との関係性を理由に、バイデン氏に対して否定的な意見を持っていた。

昨年の香港の抗議活動ではたびたび米国旗が掲げられた(写真:ロイター/アフロ)
昨年の香港の抗議活動ではたびたび米国旗が掲げられた(写真:ロイター/アフロ)

 英国の調査会社YouGov(ユーガブ)はアジア太平洋地域の人々を対象に、どちらの候補を支持するかの調査を9月24日から10月5日まで実施した。フィリピン・タイ・オーストラリア・マレーシア・インドネシア・シンガポールでは大差をつけてバイデン氏支持者の割合がトランプ氏支持者の割合をはるかに上回った。しかし香港では36%の回答者がトランプ氏支持と回答している一方で、42%の回答者がバイデン氏支持と回答しており、両者に大きな差はなかった。

 この調査は香港で米大統領選挙やバイデン氏と中国の関わりに注目が集まる前に実施された。民主派に絞って大統領選挙直前に調査を行えば、バイデン氏への支持率が相対的に低下し、トランプ氏支持とバイデン氏支持の差が縮まっている、もしくはトランプ氏の支持率がバイデン氏を上回っていたと予想される。

 ちなみに中国と対峙する台湾ではよりトランプ氏支持の傾向が強く、トランプ氏支持者42%に対しバイデン氏支持者36%と、調査地域の中で唯一トランプ氏支持者がバイデン氏支持者を上回っている。これはトランプ氏の中国に対する強硬な姿勢を期待するものと言えるだろう。

 急進的な民主派の人々はバイデン氏を支持する人々をネットの掲示板上などで激しく批判している。香港の英文紙サウス・チャイナ・モーニング・ポストによれば、ハリウッド女優のアン・ハサウェイがバイデン氏へ投票したことをインスタグラムに投稿したところ、香港の民主派の中の反バイデンの人々が否定的なコメントをその投稿に書き込み「炎上」した。19年6月の抗議活動以来、香港では多くの民主派の人々がツイッター上で民主派側の主張を英語などで伝えているが、「#hkfortrump」などのハッシュタグを用いてトランプ支持を明確にするアカウントも少なくない。

なぜ同じ民主派が違う候補者支持?

 なぜ同じ民主派の間でも大統領選挙では違う候補を支持することになるのだろうか。近年の香港の民主派は、大きく自決派と本土派に分けられる。両者は実際にはかなり異なるイデオロギーの集団だが、どちらも中国共産党を敵対視しており、香港の外から見ると両者は一体化しているように見える。

 自決派はデモシスト(香港衆志、今年6月末に解散)のように、民主主義や人権はグローバルで普遍的に守られるべきものとして、一国二制度の枠組みの下で香港の自治権の範囲を拡大すべきだという考え方を持つ。本土派とは、香港ナショナリズムを全面に出して香港人と中国人の差異を強調し、「香港人は中国人とは異なる独自の民族」と主張する人々のことだ。なお、ここでいう本土というのは中国語で「地元」という意味であり、中国本土という意味ではない。

 このような区別が明確になった一つのきっかけは、14年に行われた雨傘運動が失敗に終わったことだ。民族主義的で急進的な本土派にとって平和的方法のみで目的を達成しようとするリベラルな民主派の手法は「甘すぎる」ものであり、そのような本土派の存在が2019年6月以降の抗議活動を過激化させた。

 しかし、19年のデモでは両者の結束が目立った。「不割席」を合言葉に、やり方が違っても目的が同じであれば分裂すべきではないという呼びかけが浸透したからである。その結果、リベラルな民主派の人々は、勇武派をはじめとした暴力的な抗議者を正面から批判することは少なかった(ただし正面から支持の声を上げたことも多くない)。それよりも警察や政府に対する批判を優先させた。特に今年に入ってからは、両者共が政府に対して戦い続ける「抗争派」と呼ばれるようになり、より一体化して見られるようになった。

 しかし、自決派が(西側諸国にとっての)「普遍的」価値を重視し、本土派は香港の利益を重視しているというイデオロギーの違いは残っている。本土派のような香港の利益を最重視する人々は、中国に対してとにかく強硬な措置を取るトランプ氏を支持した。一方、自決派を中心としたリベラルな民主派は民主主義や人権を軽視しているように見えるトランプ氏を支持できない。

 「ブラック・ライブズ・マター(BLM)」に対する反応からも、両者の違いが見いだせる。自決派の一部の人々はBLMへの支持をSNS上などで表明したが、これは「香港の味方」であるトランプ大統領を敵に回すかもしれない行為としてネット上などで本土派に強く批判された。例えば、黄之鋒(ジョシュア・ウォン)氏はツイッターで「人権活動家として」BLMへの支持を表明しており、そのことは本土派の批判の対象となった。彼にとって人権問題は香港であろうと米国であろうと問題視されるべきなのかもしれないが、香港の利益が最優先の本土派はそうは思わないのだろう。

本土派はトランプ氏支持・バイデン氏反対なのか

 香港での反政府デモ参加者への圧力を強化する中国・香港政府に対し、米国は「香港人権・民主主義法案」を19年11月に成立させた。さらに今年7月には「香港自治法」を成立させている。「香港自治法」は香港の自治の維持を侵害しようとする個人・団体に対して制裁を加えるものだ。

 林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官や夏宝竜国務院香港マカオ事務弁公室主任などの香港政府・中央政府関係者は大統領令により今年8月に制裁を受けている。同10月には「香港自治法」に基づいて香港政府高官などが香港の自治侵害に関与した人物として米議会に報告されており、今後さらなる制裁が行われる可能性がある。

 同8月には大統領令によって、米税関・国境保護局(CBP)は香港原産品に「香港産」ではなく「中国産」であることを表示するように義務付けている。香港政府はWTO(世界貿易機関)全体理事会などでこの規定に反発しており、現在はWTOの紛争解決メカニズムに基づく手続きを通して米国側の新たなルールの撤廃を目指している。

 本土派の中には、このような強硬な姿勢を取れるのはトランプ氏だけだと思っている人も少なくない。中国とのつながりが疑われるバイデン氏に対して反感すら持っている人々もいる。本土派の中には、大統領選勝利が報じられるバイデン氏が「不正投票に関わった」というトランプ氏側の言説を強く支持する人々もいる。

民主派の分断を避けようという声も

 一方で、米大統領選挙による香港民主派の分裂を避けようとする主張もある。

 米政府にロビイングをしたことから香港国家安全維持法(国安法)違反で指名手配されている香港系米国人の朱牧民(サミュエル・チュー)氏は、香港の民主派寄りのウェブメディア、立場新聞のインタビューに対し「どの大統領候補も一人で香港を救うことはできない」と述べ、香港の人々が特定の候補にこだわるべきではないとした。

 世論調査を行うシンクタンク、香港民意研究所副行政総裁の鍾剣華氏は米国の対中政策や世界戦略はトランプ大統領だけが主導するものではないと蘋果日報(アップル・デイリー)上で述べている。ただ鍾氏の論説は分裂を避けようと呼びかけながらも、トランプ大統領の民主主義と人権を軽視する姿勢に対して批判的であり、この主張はバイデン氏を否定する本土派に向けられたものだと考えられる。

民主派の多様さ見える米大統領選挙

 冒頭で述べたように、様々な面で中国に対するゲートウェイ機能やアジア太平洋地域のハブ機能を有している香港は構造的に香港の外の様々な事象に影響を受ける。したがって、大統領選挙の結果が香港に実際どういう影響をもたらすのか推し量るのは容易ではなく、バイデン氏が大統領になることがどのような結果をもたらすのかも未知数だ。

 今回の大統領選挙を通じて、香港の民主派が実際には多様な存在であることが改めて浮き彫りになった。次期大統領になることが濃厚なバイデン氏の動き次第で、民主派の間の亀裂が深まったり米国への不信が強まったりする可能性もある。

■変更履歴
記事公開当初、末尾から3段落目に「トランプ前大統領」とありましたが「トランプ大統領」の誤りでした。本文は修正済みです。[2020/11/15 21:30]
まずは会員登録(無料)

有料会員限定記事を月3本まで閲覧できるなど、
有料会員の一部サービスを利用できます。

※こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

※有料登録手続きをしない限り、無料で一部サービスを利用し続けられます。

この記事はシリーズ「Views」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。

6/20ウェビナー開催、「『AIバブル』の落とし穴 ChatGPTリスクとどう向き合う」

 近年、ChatGPTをはじめとする生成AI(人工知能)の進化と普及が急速に進み、私たちの生活やビジネスに革新をもたらしています。しかし、注意が必要なリスクも存在します。AIが誤った情報を生成する可能性や倫理的な問題、プライバシーの侵害などが懸念されます。
 生成AIの利点をどのように理解し、想定されるリスクに対してどのように対処するか。日経ビジネスは6月20日(火)に「『AIバブル』の落とし穴 ChatGPTリスクとどう向き合う」と題したウェビナーを開催します。日経ビジネス電子版にて「『AI新時代』の落とし穴」を連載中の米シリコンバレーのスタートアップ企業、ロバストインテリジェンスの大柴行人氏を講師に迎えて講演していただきます。
 通常の日経ビジネスLIVEは午後7時に開催していますが、今回は6月20日(火)の正午から「日経ビジネス LUNCH LIVE」として、米シリコンバレーからの生配信でお届けします。ウェビナーでは視聴者の皆様からの質問をお受けし、モデレーターも交えて議論を深めていきます。ぜひ、ご参加ください。

■テーマ:「AIバブル」の落とし穴 ChatGPTリスクとどう向き合う
■日程:6月20日(火)12:00~13:00(予定)
■講師:大柴 行人氏(ロバストインテリジェンス共同創業者)
■モデレーター:島津 翔(日経BPシリコンバレー支局 記者)
■会場:Zoomを使ったオンラインセミナー(原則ライブ配信)
■主催:日経ビジネス、日経クロステック、日経クロストレンド
■受講料:日経ビジネス電子版の有料会員は無料となります(事前登録制、先着順)。視聴希望でまだ有料会員でない方は、会員登録をした上で、参加をお申し込みください(月額2500円、初月無料)

>>詳細・申し込みはリンク先の記事をご覧ください。