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 「え? 避難所で一夜を過ごしたの?」
 「ええ、一家で。実際には何事もなかったんですけどね」

 もと同じ編集部の後輩の小田舞子さんに、火曜日、会社の近所で立ち話の最中にこう言われて驚いた。

 「避難所」に行ったことがない自分にとって、公民館や小学校に一家で逃げ込んで夜を明かす、というのは「よくよくの事態」としか思えなかった。今回の台風19号の被害を目にしてさえ。だからびっくりしたわけだ。

 しかし、実は自然災害の被害を減らすには「よくよくの事態」にならないうちに避難行動を取ることが極めて重要だ。

 東京都江戸川区の「江戸川区水害ハザードマップ」(2018年)に携わった土屋信行氏(工学博士)は、著書『水害列島』(文春新書)の中で、河川水位のみを基準にした警報発令を「雨が降り始めてからの避難警報は、避難行動自体が危険な状態になってから『逃げろ!!』と言っているのです」と、痛烈に批判している。一方で、避難する我々の側の認識が「よほどの事態でなければ避難までは……」という状態では、行政が早く行動しても効果は出ない恐れがある。

 つまり、災害の犠牲を小さくするためには、警報発令のタイミングの見直しと同様、我々の側にも意識の変化が求められる。ある意味「(従来よりは)軽い気持ちで」早く決断して、すっと避難所に行く、というマインドセットが必要なのではないか。

 問題は、誰が見ても「これはまずい」と思う状況になる前に、避難所へ行くということに対して、我々は「ちょっと大げさすぎないか」「まだ自宅は無事なのに公の世話になるのが、なんとなく後ろめたい」といったためらいを感じてしまうことだ。

 そう感じる一番大きな理由は、実は「避難した体験がない」「避難所がどういうところか知らない」ことから来る不安ではないか。どうなるか分からない場所に行くために、とりあえず安全に思える我が家を離れる決断は、なかなか下しにくい。

 これを乗り越えて「軽く」決断するためには、「状況が本格的に悪化する前に、避難所に行くと、どういうことになるのか」を、知っておくことが一番だろう。

 その意味で彼女の経験は貴重だと考え、家族の体験記を、別の編集部にもかかわらず、むりやり日経ビジネス電子版に書いてもらった。

 10月12日、土曜日。東京都内に暮らしている当社の社員が体験した一部始終をお読みいただきたい。

(日経ビジネス編集部 山中 浩之)

 10月12日。「台風19号は記録に残る強い台風になる」と聞いて、普段はあまり見ないテレビを朝からつけて台風の情報を見続けていた。大雨の影響で銀座の街が見る間に水に漬かり、地下鉄の駅構内や線路にまで大量の水が流れ込む、というシミュレーション映像も流され、もしかすると本当にこうなるかもしれない、という恐怖を感じた。

 午後4時時ごろだっただろうか、雨の様子を確認するために家の玄関ドアを開けたところ、ちょうど家の前に青パト(防犯パトロールカー)が止まって緊急アナウンスをしていた。「……高齢者の方は避難を、そのほかの方も避難の準備を……」。

 たまたまなのか、そのときは雨脚が弱まっていた。

 わが家には私のほかに夫、60代の母、中学生の長女、小学校高学年の長男、2歳の次女がいる。「動くなら今だ」と思った。家は二級河川のすぐそばだ。区が運営している、河川のリアルタイムの写真が見られるサイトのURLが、小学校つながりのママたちとのLINEグループで回ってきた。

 川の写真を見ると「これは、やばいんじゃないか」という思いが胸をよぎった。台風のピークは暗くなってからだ。もしこのまま雨と風が強まって、川があふれ出したら……闇夜の中、60代の母や2歳の次女がいる一家が無事に避難所にたどり着ける気がしなかった。

 「今のうちに、避難所に行ったほうがいいんじゃないかな」

え、ここが避難所?

 こういうときに長女と長男が意外なほど頼りになった。手際よく荷造りを手伝ってくれる。屋根裏からキャンプ用のリュックサック2つを引っ張り出し、寝袋3つ、着替え、靴、洗面用具、2歳児用のおむつをどんどん詰め込んだ。

 スヌーピー(ピーナツ・コミック)に出てくる「ライナスの青い毛布」ばりに次女が愛するベビー用掛け布団、「ワンワン」と「うーたん」のぬいぐるみも持った。準備のいい母は朝から多めにお米を炊き、おむすびを作ってくれていた。食べ物のことになると長男がリーダーシップを発揮する。おむすびにプラスして缶詰、お菓子、超偏食の次女が好きなアンパンマンカレー、そしてキャンプ用の食器をバッグに入れた。

 車に荷物を積み(こういう力仕事では主に夫が活躍)、家族6人で乗り込み、まずは自主避難所とされていた区役所に向かった。

 しかし、到着してみると、全く「避難所」という雰囲気がない。そもそもどこから入ればいいかも分からない。