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 世界的な自作航空機の祭典「EAA AirVenture Oshkosh 2019」(オシコシ・エアショー:主催は実験航空機連盟:Experimental Aircraft Association:EAA )で、「風の谷のナウシカ」に登場する航空機「メーヴェ」そっくりの機体「M-02J」の展示飛行を成功させた八谷和彦さん。

 エアショーへの出展がもたらしたのは「世界的なお祭りで飛んだ」という満足感だけではなかった。伝説の航空機設計者との邂逅、そしてOpenSkyの新たな展開を予感させる出会いが生まれた。ということで八谷さんに聞く「行ってきたよオシコシ」、インタビュー第2回です。

八谷:今年のオシコシは久しぶりにバート・ルータンが来るということで、ショー全体が、雑誌でいえば「バート・ルータン特集」みたいな雰囲気でした。彼の講演やトークショーもあったし、彼が作った飛行機の編隊飛行があるとか、もう「伝説のロックスター降臨」みたいな扱いでした。

松浦:EAAの航空博物館にはバート・ルータンの業績を顕彰するコーナーがありますしね。

EAA航空博物館のバート・ルータン関連展示。上からつり下げられているのが、「スペースシップ・ワン」。奥のパネルが「ヴォイジャー」。

松浦:バート・ルータンという人は、1943年生まれ。スケールド・コンポジッツという会社を興して、革新的な航空機を次々に設計したことで有名な航空機設計者です(同社は現在はノースロップ・グラマン傘下)。代表作は、世界初の無着陸無給油の世界一周飛行を達成した「ヴォイジャー」、同じく単独無着陸無給油世界一周飛行を行った「グローバル・フライヤー」、民間の機体として初めて高度100kmの宇宙空間に到達した「スペースシップ・ワン」など。スミソニアン航空宇宙博物館は、彼の設計した機体を5機種も収蔵し展示しているそうですから、まさしくレジェンド、「生きる伝説」です。これまでに46機種もの機体を設計・開発して飛ばしている。経験の広さ、深さという点でも航空機設計者として桁違いですね。

八谷:彼は自作のホームビルト機からキャリアを積み上げた人ですよね。

松浦:そう、20代で初めて設計した「バリ・ビゲン」は自分で設計して製作し、自分が乗って飛んだ。バリ・ビゲンはホームビルト機のお手本みたいな機体です。その後、ホームビルト機キットの製造販売を手がけて、「バリ・イージー」「ロング・イージー」といったヒットを飛ばしています。ルータンの機体は、前に尾翼がある先尾翼機だったり、尾翼の位置に主翼と同じぐらいの大きさの翼がある櫛形機だったり、それどころか左右非対称だったりと非常にエキセントリックな設計が特徴で、にもかかわらず構造や空力面で筋が通っているんですよね。しかも、世界記録を達成しちゃうという。

八谷:で、そのルータンがM-02Jの展示に来たんですよ。

エアショーへのバート・ルータン来訪を告げるEAAのビデオ。43秒付近から、ルータンと会話する八谷さんが登場する。

ルータン襲来

八谷:7月26日朝のことでした。さっき話したドイツの無尾翼機メーカー、ホルテン(前回参照)が、ドイツの航空ジャーナリストを伴ってきていました。そのジャーナリストが「あなたのことを取材したい」と言うので取材を受けて、M-02Jを展示しているホームビルダーズ・ハンガーに一緒に戻ってきたら、そこにバート・ルータンが通りかかりました。そのまま行っちゃうかなと思ったら、そのドイツ人ジャーナリストはルータンと知り合いだったみたいで、「面白い機体があるから見て行きなよ」って声をかけて。そうしたらルータンがM-02Jに食いついちゃったんです。

松浦:この歳で言うのも恥ずかしいけど「キターーーーー!」ってやつですね。

八谷:「なんだこれは。面白い形しているな。動力は何だ。どうやって操縦するんだ」と、質問の嵐です。それに答えているうちに、「表へ出そう。今すぐ飛ばそう」とか言い出しました。