総務省発表の労働力調査(2019年6月)で、女性の就業者数が初めて3000万人を突破した。就業者数全体の44.5%を女性が占め、15~64歳の就業率は71.3%と過去最高を記録している。「専業主婦がいる家庭」を前提とした社会構造が変化するなかで、注目すべき論点をマーケティングライターの牛窪恵氏に聞いた。
共働き世帯が増加している今、課題をどう見ていますか。
牛窪恵氏(以下、牛窪):「家事問題」の議論が圧倒的に不足しています。女性の就業者の多くはパート・アルバイトや契約社員などの非正規で、雇用者全体の55%を占めていますが、2016年の女性活躍推進法施行や人手不足の動きを受けて正社員化の動きも活発化しています。
女性が家庭の外で仕事をする時間が増えれば、家事は自助努力で「時短化」するか、有償で「外部化」するか、夫などの協力を得て無償で「分業化」するか、の3択しかありません。
特に「調理」は負担が重い家事です。総務省の「社会生活基本調査」(2016年)によると、既婚女性の家事時間(育児・介護を除く)の5割は「調理」に取られ、共働き女性の8割が「特に軽減したい家事」として挙げています。総菜や冷凍食品などの「中食」市場は20年間で約2.2倍に伸び、パナソニック調査による「食器洗い乾燥機」の普及率は、2001年から2016年までの間に8.3%から28.4%に伸びました。夫の家事参加による「分業化」も20年間で週平均2時間6分増えています。
でもこの20年間、共働き女性の調理時間はほとんど変化していないのです。
共働き女性が1日の「食事の管理」にかける時間(行動者平均/時間:分)
出所:総務省「社会生活基本調査(平成13,18,23,28 年)―詳細行動分類による生活時間に関する結果」を元に、牛窪氏作成(※平成8年調査では「食事管理」の統計値が未発表)
中食の広がりや家電の進化、夫の家事参加も、妻の調理時間削減にはつながっていないのですね。
牛窪:女性だから料理には手抜きをしたくないという「大和撫子シンドローム」があるかもしれないし、効率化したい人ばかりではないかもしれない。
またISSP(国際比較調査グループ)による調査(2012年)を見ると、日本では週に「20時間以上」家事を行う既婚女性は65%、フルタイム就業でも62%います。アメリカ13%、フィンランド12%、韓国47%と比較しても突出しています。
フルタイム夫婦の「家事時間」(週あたり/日本、韓国、アメリカ、フィンランド)
出所:ISSP(International Social Survey Programme)「家庭と男女の役割」2012 年、NHK 放送文化研究所「放送研究と調査」2015 年12 月号(第65 巻)を元に、牛窪氏作成
そこで、在籍していた立教大学大学院ビジネスデザイン研究科で、調理のなかでも特に負担の大きい「夕食」を研究テーマとして、600組1200人の共働き世帯の夫婦にネット経由でアンケート調査を実施、実証研究を行いました。回答者の平均年齢は、妻39.8歳、夫42歳です。年齢や学歴、収入、子どもの有無など「資源」のほか、就労時間や就労終了時刻などの「制約」、愛情や就労意欲との相関・因果関係などを調べてみたのです。
どのような発見がありましたか。
牛窪:93%の家庭で「夕食調理」は妻が主として担っていましたが、「妻の年収」と、妻の調理意欲や勤務日の調理日数、時間との間には有意性が認められませんでした。つまり、妻は年収500万円でも200万円でも同程度(平均4.3日/週)、勤務日に調理していると考えられるのです。
共働き女性の調理時間は20年間変化なし
また妻の平均調理時間は、平日・休日ともに「45~59分」が3割強と多く、45分以上かける妻は、平日5割超、休日6割超と高い割合を示しました。その一方で「調理時間の理想」の1位は「勤務日の調理時間・頻度を短く(少なく)したい」(59%)との回答でした。調理時間の短縮を望んでいるのに、先ほどお話したように共働き女性の調理時間はほとんど変化していないのです。
ほかにも注目すべき知見が得られました。妻の年収が200万円未満よりも500万円以上のほうが、夫の勤務日の調理日数や時間などが多い傾向が出たのです。
妻の年収が高いほど、夫は調理をするということですか。
牛窪:はい。「年収差」に着目すると、その差が200万円未満(年収0~200万円の夫を除く)であれば、夫は妻が忙しいほど、自分の勤務日に調理する傾向が見られます。おそらく、自分との年収差が少なければ「妻も稼いでいるから、自分も調理しよう」と考えるのでしょう。夫の年収が800万円なら妻は600万円程度稼いでいればそう考えるという具合です。しかし妻が400万円で夫が1000万円を稼いでいると、そういう関係にはなりにくい。
ただし、興味深いことに、この調理行動は夫の「意欲」とは関係していないのです。金銭的な生活レベルを下げたくないために「渋々」やっている可能性も否定はできません。
年収が少なくても忙しい妻もいます。非正規でも就労時間が不規則だったり、帰宅時間が遅かったり。その場合の夫の調理行動はどうでしょうか。
牛窪:残念ながら夫の調理行動は、妻の就労終了時刻との間には有意性が認められませんでした。つまり、妻が自分の年収と同じくらい稼げば調理はしても、妻が忙しいだけで年収が伴わなければ、夫の調理行動にはつながらないようなのです。妻の仕事時間確保に夫が「投資」をすれば、世帯年収が上がって家庭が潤うかもしれないのに、「その程度しか稼いでいないんだから、家事を怠けるな」「僕は家事とは関係ない」という発想に落ち着いてしまうと、社会全体の損失になります。
妻の愛情に、夫の調理行動、年収、出世欲は「無関係」
そして実は夫の「調理行動」については、妻の夫に対する愛情と無関係である可能性も高いのです。夫の年収、出世欲、学歴についても同様です。逆に子の人数が少ないほど、結婚期間が短いほど、妻の愛情は強い傾向が見られます。ただし、夫が休日に調理や調理以外の家事をやろうとする「意欲」が高い場合は、実際に行動しなくても妻の愛情はプラス方向に働く傾向が確認できました。
夫が実際に調理をしたり、家族を経済的に豊かにするために仕事を頑張ったりしても、妻からの愛情には影響しないということですか。
牛窪:そのようです。付け加えますと、勤務日の夫の調理希望とも、無関係のようです。妻はおそらく、平日の夫は忙しいので「調理をしようとしなくても、まあ仕方がない」と思っています。問題は、休日に手伝ってくれる気持ちがあるかどうか。そこはよく見ています。実際の調理行動を取らなくても、休日にやる気になっていることが大事なんですね。
妻は「行動」ではなく「意欲」を見ているのですね。妻側の愛情が下がる要因として、ほかに注目すべき点はありますか。
牛窪:性別役割分業意識(志向)です。夫の「男は外で働き、女は家を守るべきだ」という意識が高いほど、妻の夫に対する愛情は低い傾向にあります。「調理に手を抜くのは、妻(母親)として失格だ」、つまり「調理=妻(母親)の義務」との意識についても同様です。
世代別で見ると、20代は「女たるもの」の性別役割分業意識が、30代以上の世代と比較して低い傾向にあります。また妻の年収にかかわらず、20代に限っては妻と夫の調理時間の長さが、相関する傾向が見られました。つまり、妻が長く調理すれば、夫も長く調理する。おそらく、夫と妻が「共に作る」スタンスなのです。今は過渡期ということを実感しました。
調理の「外部化」について、妻の意識はどうでしょう。
牛窪:調査を始めた当初、「就労意欲」が高い女性は外部化・分業化に肯定的で、調理を効率的に手放すと仮説を立てていました。しかし肯定的であっても、実際の行動とは一致しなかったんです。先ほど、20年間で共働き女性の調理時間にはほぼ変化がないという話をしましたが、やはり何かしらの「葛藤」があるんですね。
そこで「伴侶への愛情」と「調理意欲」の項目を見ると、全世代の妻で「夫を喜ばせたい」との感情と調理意欲が、顕著に結びついていました。調理には愛情や情緒が絡むからこそ、外部化・分業化を肯定しても、現実にはジレンマを抱えて行動に移せていないのかもしれません。
共働き妻が抱える罪悪感
近著『なぜ女はメルカリに、男はヤフオクに惹かれるのか?』にも詳しく書きましたが、ミールキットを提供するオイシックスは、20分で2品を作れるように設計しています。なぜ3品ではなく2品にしたかというと、もう1品は手間暇をかけてもらい、女性ユーザーに罪悪感を減らしてほしいと意識したそうです。一方、1品100円で健康的な総菜を提供している「オフィスおかん」は、スタート当初はランチ時間に購入してもらう想定でしたが、最近は働く既婚女性や一人暮らしの男性が夕食用に家に持ち帰るケースが増えているといいます。
「外部化」について夫側はどう考えている?
牛窪:今回の研究では、調理をしない男性は調理の外部化(外食や中食、総菜、家事代行サービスなど)にも否定的な傾向が見てとれました。仮にサービスに抵抗があっても、まずは妻を肯定してから「そのサービス、自分はあまり好きじゃないな」「外部のサービスを使わずにいられるのは、君がやってくれているからだね」といった言葉で伝えるなら良いと思うんです。でも、「あんなのは必要ない」などと頭ごなしに否定してしまうと、妻の愛情を失いかねない。外注の価値を全否定されれば、妻は得てして「ふだんの自分の貢献が、評価されていない」と感じてしまうのです。
評価は、一番のモチベーションにつながります。夫に調理への意欲があることで妻側の愛情が上がるということは、たとえ行動は伴わずとも「意思表示」が大切であることを示しています。男性も職場では部下の貢献に対して「君がいてくれて助かる」など評価を伝えているはずです。家庭経営もベースは同じことです。
その労を惜しむと、帰属意識の低下につながるのですね。
私の場合、親が熟年離婚をしているので、よくわかります。父はテレビ局のプロデューサーで、ずっと家庭を顧みず仕事と浮気ばかりしていたのですが、母はそのとき働いていませんでしたから、「不満があっても、まさか専業主婦が離婚なんか切り出さないだろう」と思っていたようです。母は何回も「私の貢献(家事・育児など)を認めてほしい」とサインを出していましたが、父は高給取りだから許されると思っていた。しかも母が、実母の急死で心から落ち込んでいたとき、父は週刊誌に追われて、家から逃げていたんです。それが離婚の決め手になりました。相手に寄り添う「意欲」の重要性は、経験からも実感しています。
共働き家庭の調理事情を、企業や社会が把握する意義はどこにありますか。
牛窪:仕事と家庭の両立に意欲とのギャップや葛藤が生じると、仕事のパフォーマンスが落ちる傾向にあることは、先行研究からも明らかです(※)。企業が調理を巡る共働き夫婦のジレンマを理解し、多様な生き方や働き方を受け入れる努力、つまり就労形態や就労時間などについての企業側の「フレキシビリティー」につなげることは、これからの社会の変化を考える上で、ますます重要になるのではないでしょうか。
※高橋桂子(2011b)「仕事と家庭の葛藤を加味した転職意思に関するプロセスモデルの構築」、『生活社会科学研究』第18巻、お茶の水女子大学、p47-65
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