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 「ああ、いよいよか……」。リクルートコミュニケーションズのある若手社員は、今年春の辞令を見た瞬間にこう思った。それまで新規事業プロジェクトの担当者だった20代のエース級社員が役職者に就いた。抜てき人事である。「この方向に会社として舵(かじ)を切るという意思表示だな」。こう感じた社員が多かったという。

 このプロジェクトが、「内定辞退率」を予測して企業に提供する「リクナビDMPフォロー」だった。個人情報保護法に抵触する恐れがあるとして波紋を呼び、リクルートキャリアは8月5日、個人情報の外部提供に関する同意を取得していなかった事実が明らかになったことを受けてサービスの廃止を決めた。

 同サービスの提供者は「リクナビ」を運営するリクルートキャリアだが、予測のためのデータ分析はリクルートコミュニケーションズが担当する。方法は次の通りだ。当該企業を前年度に応募した学生の選考状況や内定の諾否、どの業界情報を閲覧したのかなどの行動履歴を分析してアルゴリズム(辞退率を予測するためのルール)を作成。そのアルゴリズムに対して、今年度に応募した学生の行動履歴を照合することで、内定辞退率を5段階で予測する。

 しかし、学生7983人に対して「データの外部提供」に関する同意がないまま、辞退率予測の対象となっていた事実が判明した。

 同社は問題が起こった経緯として、「2019年3月のサイト仕様変更時に一部表記漏れがあった」と説明する。日経ビジネスの取材に対し、ある社員は具体的に次のように証言した。「プライバシーポリシーに『行動履歴の利用』に関する箇所があり、本来は『採用活動補助のための利用企業等への情報提供(選考に利用されることはありません)』と表記しなければならないが、その一文が丸ごと抜けていた。担当者の人的ミスだと聞いている。法務部門のチェックも素通りしたようだ」。

 「明らかにサービス化を焦っていた」。リクルートキャリア関係者はこう打ち明ける。拙速さの裏側には、2つの危機感があった。

写真はイメージ(写真:森田直樹/アフロ)

 1つは裏方であるリクルートコミュニケーションズの事情だ。同社はリクルートグループの機能子会社で、リクルートキャリアを含むグループ会社のメディア制作やウェブマーケティング、カスタマーサポートなどを担当する。もともとはグループ内の紙メディアの制作が主な事業だった。

 2012年にリクルートホールディングスの代表取締役社長兼CEOに就いた峰岸真澄氏は、「テクノロジー企業への変身」を掲げ、改革に乗り出した。特にテクノロジーによる人材領域のマネタイズに勝機があるとにらみ、米Indeedの買収などを矢継ぎ早に仕掛けていった。

 こうした戦略の中、機能子会社であるリクルートコミュニケーションズも変化を迫られた。近年はデータ分析に注力。量子コンピューターを使った広告配信最適化や人工知能(AI)を利用した広告クリエーティブの効果予測シミュレーションなど、最新技術による独自サービスの開発を急いでいる。

 AIによる内定辞退率の予測も、こうした背景の中で出てきた案だった。当時を知る関係者は「データ活用という点で会社の全体方針に沿っていたこともあり、社内での検討は驚くほど早く進んだ」と言う。抜てき人事は、内定辞退率予測サービスに対する高い期待感を示しているだろう。