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法事はいつまでやるものなのか

 法事も変化しています。19年7月17日に石原裕次郎さんの三十三回忌法要が行われました。三十三回忌は「弔い上げ」とされ、「最後の法事」(浄土真宗では五十回忌が多いですが)ともいわれます。かつては三十三回忌を執り行うことは珍しくありませんでしたが、今では珍しくなりました。

 裕次郎さんが亡くなったのは1987(昭和62)年、52歳でした。戦前までは日本人の平均寿命は40代、50代でしたが戦後は著しく延びました。2019年7月30日、厚生労働省は「平成30年簡易生命表の概況」を発表、平均寿命は男性81.25年、女性87.32年と過去最高を更新しました。

 より実態に近い寿命中位数(生命表上で、出生者のうちちょうど半数が生存すると期待される年数)では男性84.23年、女性は90歳を超え90.11年です。90歳で死亡した人の場合、三十三回忌は死後32年ですから、30歳のときの子なら子の歳は90歳を超え、孫以下で営むことになりかねません。

寿命中位数は男性84.23年、女性は90歳を超え90.11年

 元来、法事はインド仏教では四十九日でした。その後、中国に入り儒教の影響を受けて百か日、一周忌、三回忌(満2年)ができ、中世日本で七回忌、十三回忌、三十三回忌が追加され十三仏事として成立しました。現在は七回忌までが多くなっています。平均寿命が大幅に延びている以上、かつての法事の慣習も変わって当然なのです。

 三回忌までは死者との関係が生々しい「喪」であり。子を亡くした場合などは別ですが、多くの場合、七回忌以降は死者との関係は「追憶(メモリー)」へと変化していきます。死者を早く忘れることが良いとは言いませんが、死者の近くにいた人が、死者のことを覚えていて営むのが法事だとすれば、七回忌でも十分に長いと考えてもよいのです。

「ハカジマイ」は非難されることか?

 今、何かと「ハカジマイ(墓じまい)」が話題になっています。「ハカジマイ」とは、将来の使用者不在を見越し、現在の墓を整理し、遺骨を承継者不要の永代供養墓、合葬墓等へ移すことを意味します。(先祖代々の)墓を大切にする側からすれば、祖先を大切にする日本古来の慣習を壊すものとして批判されることがあります。

 しかし日本の民衆にとって墓は「古来の慣習」ではないのです。日本の民衆が各自の墓をもつようになったのは中世末期、近世初頭の戦国時代以降のこと。石の墓をもつようになったのは江戸中期以降、でも現在と比べると格段に小さかったのです。いま一般に見られる「〇〇家」と刻印された「家墓(いえはか)」が目に見えて増加するのは明治末期以降のことです。明治民法で家が単位とされ、当時コレラが流行し、公衆衛生の理由から政府が火葬推進に舵(かじ)を切ってからなのです。

 そして1970年代、日本は空前のお墓ブームに湧きました。地方から都市部への人口大移動に伴い、都市部での墓需要が高まり、民営墓地開発が行われ、従来の墓石も再建造されてブランド石に取って代わられていきます。ただし、墓は「永代使用」をうたっていますが、それには条件があります。「跡継ぎがいる」ことです。一方で、核家族が主流となり、その後は単身世帯が増加し、今や一般世帯の3割を占めるまでになりました。こうした単身世帯の増加は将来の承継されない墓の増加を意味しています。都市部への人口大移動は現在も進行中です。その結果、地方には管理されていない墓、放置されている墓が約2割もあります。

 一方、「ハカジマイ」をするには今ある墓所を原状復帰する必要があります。それにはおおよそ1平方メートル当たり、約10万円必要です。それに従来の墓地のあったお寺へのお礼や新規墓地の購入となると最低でも30万円近くはかかります。そのまま放置される墓が多い中で、将来「無縁墳墓」となるより、責任をもって改葬しようとする選択は必ずしも「悪い」行為ではないのです。