参議院選挙の応援で奈良市を訪れていた安倍晋三元首相が8日、銃撃され、命を落とした。複数の海外メディアが速報で報じており、諸外国でも痛ましい事件として大きな話題となっている。安倍元首相は世界にどのような足跡を残したのか。また世界の国や地域は安倍元首相の死亡をどのように捉えたのか。米国や英国など欧米をはじめ、中国、台湾、アジア太平洋地域の声を取材した。
米国:SNSに逸話が続々「ケネディ暗殺」に重ねる声も

安倍晋三元首相が銃で襲われ、病院に運ばれたとき、米国東部は7月7日深夜だった。CNNなど米大手ニュースメディアはすぐさま、それまで中心だった「英ボリス・ジョンソン首相の辞任」から「安倍元首相の銃撃事件」のニュースに切り替えた。
「病院に運ばれて治療を受けている。銃撃事件が極めて少ない日本では非常にまれだ。医師が命を救うために懸命に働いている。その努力が成功することを我々はただ祈るしかない──」
現場から届く生々しい映像と共に、ニュースキャスターが神妙な面持ちでこう繰り返した。そして現地時間8日午前4時過ぎごろ、安倍元首相の死亡が確認され、速報を知らせる画面の文字は「hospitalized(入院)」から「assassinated(暗殺)」に替わった。
「JFKモーメント。いやそれ以上かもしれない」
安倍元首相と10年以上の親交がある米国際政治学者のイアン・ブレマー氏は同日午前、自身のユーチューブ・チャンネルに動画を投稿し、こう語った。
「JFKモーメント」とは言わずもがな、1963年にテキサス州を遊説中、パレードで銃殺されたジョン・F・ケネディ氏の暗殺事件を指す。現役大統領を突然失い、悲しみに暮れた米国民。そのときの状況と現在の日本の状況を重ね合わせたのだ。
「日本のリーダーとしては珍しくカリスマ性があった。オープンで、フレンドリーで、話をするときは相手の肩や背中にそっと手を差し伸べるような(気さくな)人だった」
8日には歴代の大統領からも安倍元首相を惜しむコメントが相次いだ。「日本国民の誇り高き奉仕者で、米国の忠実な友人だった」(バイデン大統領)、「誰より日本という国を愛し、大切にしていた」(トランプ前大統領)、「無意味な暗殺に深い悲しみを覚えている」(ジョージ・W・ブッシュ元大統領)――。

これらのコメントからも浮かぶように、どんなときも真摯に相手に接してきた安倍元首相は数多くの米国民の心をつかんでいた。死亡の報道後、SNS(交流サイト)などに続々と公開されたエピソードは、個人的かつ具体的なものが多かった。
13~17年に米駐日大使を務めたキャロライン・ケネディ氏の息子で弁護士のジャック・シュロスバーグさん(29歳)は、自身のツイッターに満面の笑みを浮かべる安倍元首相と昭恵夫人、自身の写真を掲載した。「変革のリーダー。民主主義と法、日米関係に献身した」と記し、最後に「Otsukare(お疲れさま)」とねぎらった。
またインスタグラムのストーリーでも何枚かの写真を公開した。「23歳の誕生日のゲストは日米同盟の強化に共に務めた2人(母のキャロライン氏と安倍氏)だけ」と文字を入れた両氏と自身が写る写真、さらに安倍元首相が「ジャックさんへ、ハッピーバースデー!」と直筆で書いた、安倍夫妻とジャックさんの家族が並んで写るポラロイド写真も掲載した。
トランプ政権下で米大統領補佐官を務めたジョン・ボルトン氏はワシントン・ポストに、「米国と同盟国にとって安倍晋三氏の死は大きな損失」と題した追悼文を寄せた。
追悼文では、ブッシュ政権で国務次官を務めていた00年代初頭に、日本で初めて安倍元首相と会い、朝食を共にしたエピソードに触れた。当時の安倍元首相はまだ海外でほとんど名前を知られていなかったが、在日米大使館から「将来の星だ」と強く会うことを勧められたという。
また北朝鮮拉致問題に長く従事してきた点にも触れ、「彼が暗殺されたとき、拉致被害者の家族との結束を意味する青いピンを左襟に付けていた」と惜しんだ。
米国では、一般国民の間にも衝撃が広がっている。21年前に中国からニューヨークに移住したジエさんは、「安倍氏は偉大な政治家だ。彼の死を朝、ラジオで知って、心から悲しい気持ちになった」と声を震わせた。
「彼は日本だけでなく世界的に見ても類いまれなリーダーシップがあった。北方領土の問題ではロシアと粘り強く交渉した。他国に奪われた領土を取り戻そうとするのは当然。国のために献身的に尽くす姿勢が本当に好きだった」
8日夜、ニューヨーク・マンハッタンのトランプタワー内にあるバー「45 ワイン&ウイスキーバー」を訪れた。トランプ氏が第45代の大統領だったことに由来する店名だ。中に入ると壁にトランプ氏の写真や大統領時代に署名した文書などが所狭しと掲げられていた。
北朝鮮の金正恩氏との写真があるのは知っていた。店員に「安倍氏と写った写真はありますか?」と聞くと、「残念ながらない」との返事。ところがしばらくして記者の元に戻ってくると、スマートフォンでトランプ氏と安倍氏が写る写真を表示して見せてくれた。

記者であることを告げると、「取材には答えられない決まりです」と去っていった。だが表情は悲しげで、突然の訃報に衝撃を受けている様子だった。
米国では幅広い層に人気があった安倍元首相。日米関係に貢献した政治家への追悼は、これからしばらく続きそうだ。
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