日本経済の再興に向け、志半ばで亡くなった経団連の前会長、中西宏明氏(75)。歯に衣(きぬ)着せぬ発言は時に物議を醸しながらも、日本の閉塞感を打破したいという思いの表れだった。裏表のない実直な性格は、歴代の「財界総理」の中でも稀有(けう)な人柄と評価されている。闘病しながら発信しつづけた1年は、社会へのラストメッセージだ。
2020年2月、日経ビジネスのインタビューに応じた中西氏。経団連会長として、日本経済のために「まだまだ、やることはいっぱいある」と話していた(写真:的野弘路)

臆せず発言

 「新型コロナウイルスの感染対策を、十分には主導できなかった」。中西氏は2020年9月、当時の安倍政権のコロナ対策に物申した。すぐに首相官邸から経団連幹部に抗議の電話が来たが、中西氏は裏ではなく表で意見表明することを好んだ。米国生活が長かった経験もあり、議論の積み重ねで社会は形作られていくとの信念を持っていたからだ。

 臆せず発言するのは、身内の経済界に対しても同様だ。「気付いたら、日本の賃金はOECD(経済協力開発機構)で相当下位になってしまった」──。今年1月、連合の神津里季生会長との労使トップ会談にオンラインで臨み、こう語った。この発言がニュースとして流れると、SNS上では「おまえのせいじゃないのか?」といった厳しい意見が飛び交った。9兆円企業の日立製作所を率いる身として、自らの発言がブーメランのように返ってくる。中西氏は、そのことも当然分かっていた。

 それでも大企業の方針を振り返り、転換を探る必要があると思っていた。20年7月にリンパ腫が再発し、ほぼずっと入院しながら職務を続けることになった。この労使トップ会談が開かれる1週間前の段階では、中西氏は療養のために欠席する予定だった。しかし、いま自らメッセージを発しなければと奮起。「まず体を大事にしてほしい」との側近からの言葉を胸にしまい、病を押して出席した。

今年1月、ウェブでの労使トップ会談に出席した中西会長。闘病しながら、日本の賃金が低水準になってしまったと悔しがっていた

 中西氏は記者会見でも度々、「我々経済界自身が、長い間賃金を抑え込みすぎてしまった」と語ってきた。日立でもグローバル展開するなか、待遇を見直さなければ優秀な人材を他国の企業に取られるリスクを感じていた。それを変えるには年功序列をやめ、若くても高い賃金を払える仕組みが必要だ。「新卒一括採用なんてナンセンス」と繰り返す中西氏の発言に渋い表情をする会員企業もいたが、経団連の採用ルールを廃止した。

 身内からの批判があっても物申すのは、重要課題に浮上した気候変動対策もそうだ。炭素に価格をつけるカーボンプライシング(CP)を日本でも導入すべきかどうか。賛否が割れていた今年2月、「CPをハナからエネルギーコスト上昇の要因と決めつけるのはナンセンス」と言い切った。経団連には鉄鋼をはじめ、エネルギー多消費型の産業も少なくない。陰で色々と言われているのは分かっていたが、「いま環境問題に取り組まないと日本企業の競争力はなくなる」と主張。堂々と議論すべきだとのスタンスだった。

 小泉進次郎環境相とも、腹を割って話す仲だった。印象論でなにかと批判される機会の増えた小泉氏に対し、長い目で政治家として成長するよう温かく見守ってもいた。閣僚としての立場では言えなくなることも多く、どうしても話が抽象的になってしまう事情を中西氏も分かっていた。だからこそ経団連として初めて、環境省と定期協議の場を設けた。本来なら中西氏が主導する予定だったが、ENEOSホールディングスの杉森務会長にその役割を託した。

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