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「反中」発言を連発

 郭台銘氏は、中国共産党を不快にする声明を矢継ぎ早に出している。2019年6月25日に国民党が開いた候補者演説会では「一中各表のポイントは各表にある。(中国と台湾が統治に関して)おのおの意思表示しなければ、共通認識など生まれるはずがない」と言い切った。さらに「Foxconn中国事業を人質に取られて中国を利するのでは」という質問には、改めて猛烈に反論した(下動画)。

 クリック・タップすると動画が再生される。再生開始箇所での発言を筆者が翻訳する。
「Foxconnは中国最大の輸出企業である。中国経済に巨大な影響力を持つ。結局誰が誰を恐れるのか(私は中国を恐れない。輸出や雇用を失いたくない中国が私を恐れるのだ)。私はFoxconn CEO(董事長)を退いており今後経営に関与しない。しかし、もし中国に脅されたならFoxconnはいつでもどこでも生産基地を移せる。もう一度強調したい。Foxconnは世界の著名ブランド品を世界中で量産している。(親中報道に徹するテレビ局)中天電視のオーナー蔡衍明氏(が経営する食品会社)のように中国内需に依存していない。だからFoxconnは中国に迎合する必要なんてない(中略)私は永遠の中華民国派である!…正直に話しました。(会場笑い)」。(動画:TVBS)

 郭氏は2019年5月6日、対中外交を担う台湾人としての禁句を発した。「中華民国はもとより中華人民共和国の一部分ではない」(聯合報の動画)。同氏は歴史的事実を語っただけだ。しかし一部台湾人の受け止め方は違う。「一中」(上記(5)参照)はファンタジーと喝破したに等しい。郭氏は北京に対してやっていいことと悪いことを鋭くしゅん別し、勇敢に行動するかもしれない、と一部台湾人に期待させた。

 これら「反中」発言を通じて郭氏は、総統候補としての評価を高めている。実際、国民党の候補者演説会では5人のうち郭氏だけが笑いを引き出した。それは共感を示すものだった。一方、最有力の対立候補で高雄市長の韓國瑜氏は、評判を落としたようだ。演説がうまいはずなのにメッセージが偏ったからだ。持ち時間12分の冒頭3分8秒を高雄市民に捧げた。縁がない落下傘候補なのに市長選で投票してくれたことに感謝し、「総統になっても高雄を重視する。週に3日は高雄にいる」と総統選参戦に理解を求めた。韓氏は敗北後の高雄市政を気にしたのかもしれない。

事業家ならではの振興策を訴求

 郭氏が国民党の総統候補者になれるのかは、支持政党を限定しない住民に対する電話アンケート(実施期間:2019年7月8~15日)によって決まる。勝てば次の壁は2020年1月11日の住民投票である。民進党の現職、蔡英文氏を倒さなければならないが、環境は厳しい。2019年6月16日に香港で巨大な反中デモが起こったからだ。主催者は200万人が参加したという。

 台北市長の柯文哲氏は郭氏をこう評した。「総統としての能力に問題はない。あれだけの企業を作り上げたのだから。ただし台湾人は、郭氏が第2の董建華(中華人民共和国 香港特別行政区 初代行政長官)にならないのか(総統になった後ひっそり台湾の中国化を進めないか)不安視している」(WIN TV綜合台の動画再生開始点付近の発言を筆者が翻訳)。

 郭氏および国民党が、台湾人の過半数からこうした懸念を追放することはおそらく不可能である。民進党と国民党の得票率は拮抗して続けてきたからだ(東京外国語大学 小笠原欣幸氏の分析)。そもそも郭氏はルサンチマン(弱者の恨み)の対象にとてもなりやすい。覇気に優れた富豪だからだ注2)。よって郭氏および国民党は、リスクに見合う期待リターンを見せつけなければならない。現職の蔡英文氏は信念や人柄に優れ、産業振興策に疎い。郭氏は、台湾の総統候補者としては異例の具体的産業振興策を打ち出した。

 そのキャッチフレーズは「東進、西和、南拓、北接」。東は米国、西は中国、南は東南アジアやインド、北は日本を指す。いささか総花的だが、百戦錬磨の実業家らしさにあふれている。一つひとつ見ていこう。