(写真:AP/アフロ)
(写真:AP/アフロ)

 売上高6兆台湾ドルの巨大企業グループ、台湾Foxconn、鴻海(ホンハイ)精密工業をゼロからつくり上げたカリスマ、郭台銘(テリー・ゴウ)氏。彼が今、台湾の総統(大統領)候補者として支持率を高めつつある。日本人の多くはいまだ郭氏を「親中派」とみなす。暗に中国共産党の走狗(そうく)という意を含む。しかし実際のところ、郭氏は中国共産党にとって極めて厄介な人物である。

 米中衝突の中、この「厄介者」は何をなそうとしているのか、今知って損はない。それを知った孫正義氏は商機を得たいのだろう。2019年6月22日、台湾で初めて壇上に立ち、実質的な応援演説をした注1)。郭氏はかねてAIによる産業振興を訴えている。孫氏は独自の予測によってこの重要性を力説したのだ(下動画)。

 クリック・タップすると動画が再生される。再生開始箇所での発言を筆者が翻訳する。
「『台湾は人口が2300万しかいないから大量生産の工場を運営しにくい』。こんな考えはもう古くなる。AIロボットの莫大な普及が見えてきたからだ。今後はAIロボットが製造現場を担う。人間は設計やマーケティングにシフトする。台湾企業は電子機器や半導体に関して、最高の設計技術やシステム統合技術を有している。この上で製造にAIロボットを活用すれば、台湾は世界の製造の中心になれる」。(動画:DIGITIMES)

◎ミニ解説「国民党を理解する、6つの事実」
日本人のほとんどは、台湾人が中国国民党(以下、国民党)を支持する理由を理解できない。「中国にすり寄る政党でしょ。いまだに正式名称に『中国』と付けているなんて台湾のために働く気があるの?」。こんな疑問を筆者は度々受けてきた。彼らが支持する理由を6つの事実から説明しよう。本論に入る前にぜひ目を通してほしい。

(1)血はどうでもいい
国民党総統予備選における有力3候補、郭台銘氏と韓國瑜氏、朱立倫氏はいずれも外省人(国共内戦で破れた国民党軍など、第2次世界大戦後に中国から移民した人と男系子孫)である。外省人は本省人(第2次大戦前に中国から台湾に移民した人と男系子孫)をかつて抑圧した。日本人はこれらに目を奪われがちだが、台湾人はもっと現実志向で、血統よりも政党傾向(次段落参照)や各候補者の個性や能力をずっと重視している。だから国民党は2018年の統一地方選挙で大勝した。

(2)国民党≒自民党
国民党は、日本の自由民主党に似ている。近年まで政権を担ってきたので、現実主義で実務にたけた人材が多い。一方、民主進歩党(以下、民進党)は、日本のかつての民主党に似ている。理想主義的で短期の利に惑わされないが、政権運営の経験が浅い。若者に人気の第3政党、時代力量は行政監視で成果を上げてきたが、大政党になる道筋を見つけられていない。

(3)民意は「統一」を拒絶
中華人民共和国は台湾を「統一」するため、香港と同様な「1国2制度」を台湾に適用したがっている。しかし、台湾人のほとんどは「維持現状(現状維持)」を求める、もしくは受け入れている。1国2制度の拒絶である。台湾人の言う「現状」は要素が2つある。第1に、中華民国が台湾という地域を実効支配しており、中華人民共和国が統治しないこと。第2に、日米中を含むほとんどの国によって中華民国が国家として承認されていないこと、である。

(4)「台独」とは中華民国からの独立
中華人民共和国は第2要素(未承認)を改善する動きを「台湾独立(台独)」運動ととらえる。しかし現実に台湾を支配しているのは中華民国だ。したがって台湾人にとって台独とは、中華民国からの独立を意味する。中華人民共和国からの独立ではない。中華民国から独立する要(かなめ)は、憲法を改正して国号を台湾に変えること、では決してない。米日欧から国家承認を取り付け、中華人民共和国に侵攻されないことだ。民進党や時代力量は、ここに至る道筋を見つけられていない。

(5)経済発展のためにファンタジーを使った
一方で国民党と中国共産党は、1990年ころから「一中各表」という理屈をひねり出して貿易を大いに発展させた。一中とは、台湾(中華民国支配地域)と中国(中華人民共和国支配地域)を統治する1つの政府が「中国」に存在すること。各表とは、1つの政府が「台北」なのか「北京」なのか問わない(棚上げする)ことを意味する。一中は現状に即さないファンタジーである。と同時に国民党がとっくに放棄し、中国共産党が望んでいる将来像である。

(6)いかに「統一」を避け経済発展するかに関心
民進党は一中各表を迎合とみなしつつも、中国の脅威を排除する策を見つけられていない。さらに民進党が2016年に打ち出した「新南向政策」はASEAN(東南アジア諸国連合)やインドとの貿易拡大を目指すが、中国依存脱却にまだまだ届かない。いかに「統一」リスクを下げつつ台湾の産業を振興するのか、台湾の有権者は国民党の総統候補者を注視している。

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