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香港の民主派や国際社会から大きな反発を受けている香港国家安全法の詳細が発表された。中央政府の影響力が強く働く可能性の高い制度設計であり、被疑者が中国本土に送られることも否定できない。一国二制度の形骸化がますます現実のものになろうとしている。

国際社会の圧力と審議の進む香港国安法

 物議を醸してきた香港国家安全法の草案が6月20日、いよいよ明らかになった。全国人民代表大会(全人代)常務委員会が6月18日から20日まで開催され、中国国営の新華社が「香港特別行政区維護国家安全法(草案)」(香港国家安全法)の「説明」を掲載したからだ。同法の審議は継続予定で、6月28日から30日に常務委員会が再び開かれることから、早ければ香港の中国返還記念日である7月1日前に成立する可能性がある。

 香港国家安全法は香港の民主派からだけではなく、欧米各国も否定的な反応を示している。英国はBNO(英国海外市民)パスポートを申請する資格のある人々に英国の完全な市民権を得るための道筋を開く方針を示している。米国のドナルド・トランプ大統領は5月29日に香港を中国本土と区別して扱ってきた優遇措置を停止する方針を発表した。日本も米国・カナダ・フランス・ドイツ・イタリア・日本・英国の各国の外相とEU(欧州連合)の上級代表とともに香港国家安全法に「重大な懸念」を示す主要7カ国(G7)外相共同声明に参加している。またEU本会議はEUや加盟国に中国政府を国際司法裁判所に訴えるよう検討する決議を採択した。

(写真:AP/アフロ)

 今回の「説明」は常務委員会の中の法制工作委員会という実際に法律制定や法解釈に関わる委員会により発表されたオフィシャルなものだ。6章66条で構成される同法の立法趣旨などが詳しく書かれていて、法律の条文そのものと同様に重要なものといえる。そこで、本記事ではこの「説明」を読み解いていきたい。

香港での権利は守られると強調

 「説明」は3つのパートに分かれている。1つ目のパートではこの立法の必要性や経緯が先日の全人代の「決定」などに基づいて記されている。2つ目のパートでは法律の草案を起草する上で従うより実務的な原則を示している。最後の3つ目のパートで法律草案の具体的な内容を説明している。

 この説明の特徴で目立つのは、現状の香港の法制度の枠組みを壊さないことについて詳しく記していることだ。中央政府の介入が強まるという香港側の懸念を少しでも和らげたいという狙いと思われる。

 例えば、香港基本法と国際人権規約に基づいた香港の言論の自由、デモの自由などは維持すると明記している。国際人権規約は「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(いわゆる自由権規約)と「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(いわゆる社会権規約)に分かれる。中国は社会権規約のみを批准していて、自由権規約を批准していない。

 香港では中国返還前の1991年、自由権規約について香港人権法案条例(日本語では「香港権利章典」とも呼ばれるもので米国の同名で呼ばれる法律とは無関係)として現地法化している。97年の返還直前に香港基本法160条に基づいた全人代の決定により一部条文が無効化されたものの、香港人権法案条例のそのほかの条文は現在も有効だ。このように自由権規約で保護された権利の有無は中国本土と香港の違いの1つである。香港国家安全法は中国本土側で制定される法律だが、自由権規約で保護された言論の自由やデモの自由については引き続き守られるとしている。

 また、法律で定められていないことで犯罪になることはなく、いかなる者も司法機関に有罪と証明される前には無罪と推定され、弁護士をつける権利など訴訟に関わる権利は保護されるとされている。一度無罪とされた行為について再び裁判を受けて罰せられることもないとしている(いわゆる「一事不再理」)。なお、今回の説明には明記されていないが、鄧中華国務院香港マカオ事務弁公室副主任は6月15日、香港国家安全法が過去の行為に遡って適用されることはないと述べている。

 以上は香港でこれまで確立されてきた「法の支配」に従えば当然のことで、これが香港の立法会で制定された法律であればこのような法についての一般的説明をわざわざする必要はない。しかし、個別の法の説明についてこのような一般的なことを書いたのは、中国の政治犯罪にこれらの原則が必ずしも適用されてこなかったために、書かなければ香港側でさらに懸念が広がるという判断があったと思われる。