「マクロ経済学の仮説を疑え」

 中村教授の研究が際立っているのは、個別製品の実際の価格改定の頻度など、これまでマクロ経済の分析では使われることの珍しかった現実の生データを入手し、地道に分析し続けてきた点にある。フォワードガイダンスの検証のみならず、「物価は変わりにくい」「デフレは悪い」といった、過去のマクロ経済学者が当然として受け入れてきた仮定を疑い、実証研究を積み重ねながら挑んできたのだ。

 上記2つの疑問に対する現在の中村教授の答えは以下。マクロ的な物価は変動しにくいか? 「科学的根拠から、やはりしにくいことが分かった」。「デフレ」は悪いことか? 「価格が下落している時に名目金利がゼロ近くになっていると、実質金利がかなり高くなってしまう。それが消費者の需要減につながり、景気後退につながり得る」。

 「中村教授と(夫である)スタインソン教授による一連の研究は、その後の研究にとって標準、ベンチマークとなっている」と、阿部修人・一橋大学経済研究所教授は評する。東大の渡辺教授は「中村教授らの真骨頂は、マクロ経済学で当たり前とみなされてきた仮定をデータで検証しようとしてきた独自の視点と研究のセンス」という。

 「中央銀行の役割は価格を安定させることで、その理屈は理論モデルに基づく。だが理屈がよって立つ仮定が正しいかどうかの確認はできていなかった。また物価安定が損なわれた時、理論モデルが想定するような悪いことが本当に起きるのかどうかもわかっていなかった。基礎的なことが理解できていないので、日本のデフレについて『デフレでもいいじゃないか』と言う人が現れても学者はきちんと反論できない。中村教授らは、これまで確認を怠ってきた重要な事項について、実際のデータを駆使しながら迫り、大きな成果を挙げた」(渡辺教授)。

 つまり中村教授らの研究は、2008年のリーマン危機以降すっかり勢いをなくしていたマクロ経済学に、科学的根拠に基づく研究手法を取り入れることによって、新風を吹き込んできたのだ。

父方の祖父は生前、東京・台東区で豆腐店を経営

 中村教授は「学者一家」の生まれ。父親は慶應義塾大学卒で元東芝のエンジニアであった経済学者、中村政男カナダ・ブリティッシュ・コロンビア大学名誉教授。母親は米国人経済学者アリス・ナカムラ・カナダ・アルバータ大学教授。兄のケン・ナカムラ氏が米カリフォルニア大学サンフランシスコ校准教授の神経学者だ。

 「子供のころ、よく母に経済学会に連れていかれ、いろいろな経済学者と知り合った。家では常にデータで解明することの重要性を両親が議論していたので、かなり影響を受けたと思う」と本人は話す。

 日常的に使うのは英語だ。とはいえ父方の祖父は生前、東京・台東区で豆腐店を営み、幼少期の夏を日本で過ごした。幼稚園から小学校まで毎夏来日しては1カ月間、同区の竹町小学校(現・平成小学校)に通い、日本の小学校の掃除当番や給食など、日本ならではのカリキュラムを楽しんだという。

 また最近の研究では、米国において、過去には女性の景気回復時における労働市場への参入スピードが男性より速かったのが、近年は女性も男性と同じような動きをすることになったため、雇用回復全体も遅くなったとする研究や、転職頻度が景気とどう関係するかに注目する研究など、労働市場に関する研究にも意欲的に取り組んでいる。

 マクロ経済学に新風を巻き起こしている「世界のナカムラ」の研究が、先行き不透明な先進国の金融・経済政策に一石を投じる日もそう遠くはないかもしれない。

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