金融庁の審議会の報告書に端を発した「老後資金2000万円」問題は、連日テレビ、新聞、ネット上をにぎわし、沈静化する気配がない。

 6月18日の参院財政金融委員会でも、金融庁が報告書の検討過程で「1500万~3000万円が必要」とする独自試算を示していたことが取り上げられるなど、
数字だけに注目が集まり、報告書の趣旨である「高齢社会における資産形成・管理」についての議論は追いやられたままだ。

数字に振り回されないためには「根拠」を知ること(写真:PIXTA)
数字に振り回されないためには「根拠」を知ること(写真:PIXTA)

 一方で、連日のニュースをきっかけに多くの人が「老後資金」について関心を持つようになったのは喜ばしいこと。しかし、当初の「老後資金は2000万円必要」の報道以降、「そんなに貯められない」と不安を覚えた人も多くいる。

 FP仲間や、マネー関連のメディアに携わる記者や編集者とこの話題になると、口をそろえて「金融機関が『老後資金は2000万円必要』のフレーズを材料に金融商品を売りまくる状況にならないといいけど」と懸念を示す。

「老後不安」は金融商品販売のトッピング要素

 確かにその通り。金融商品や保険商品を売るときは「不安」というトッピングを乗せると、本当によく売れる。今後の金融機関の動向に注意を払わなくてはと思っていたら、ある朝の情報番組で「投資会社のセミナーに申し込みが殺到しています」と、セミナー会場の様子が映し出されていた。

 投資セミナーに参加することは悪いことではないけれど、金融庁の報告書が話題になってから2週間たっていない段階で「まずは投資!」とアクションを起こす人が少なくないことに驚いた。まずは自身のライフプランを念頭に置き、老後資金をいくら用意するべきなのか、そのためには働いている間にどうやって貯めていくといいのかといった足元の戦略を考えるべきタイミングではないだろうか。

「家計調査」のデータを根拠にしたのは妥当であった

 そもそも、独り歩きしている感のある「2000万円」「3000万円」というデータの根拠について考えてみたい。

 金融庁の審議会が「老後資金は2000万円必要」の根拠としたのは、総務省の「家計調査」のデータだ。「高齢夫婦無職世帯(夫65歳以上、妻60歳以上の二人世帯)」の毎月の収入は約20万9000円で、支出は約26万4000円なので、収支は約5万5000円の赤字。年間だと約65万円の不足だ。

 不足分は、老後資金を取り崩して生活をすることになる。報告書には「まだ20~30年の人生があるとすれば、不足額の総額は単純計算で1300万円~2000万円になる」との記載があるが、全51ページもの報告書のうち、「2000万円」だけが切り取られ、大きな注目を集めることになったのだ。

 先の文章に続けて「この金額はあくまで平均の不足額から導きだしたものであり、不足額は各々の収入・支出の状況やライフスタイル等によって大きく異なる」と、しごくまっとうな記述もあるが、報道でこの部分を取り上げられることは、ほとんどない。

 私は、審議会が金融庁の独自試算ではなく、 「家計調査」のデータを報告書の根拠としたのは妥当だったと考えている。実際に年金で暮らしている人の現状に基づいたものなので、老後の生活を想像する際の「目安」になるからだ。

 調査データは、全国の平均である。年金収入もお金の使い方も人によってさまざまなので、赤字額がもっと多い世帯もあれば、年金収入の範囲内で暮らしている人もいる。

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