「なぜそこまでして」と、我ながら思う。そんな風にしてまさに「足を怪我しながら仕事をする」のが「ちゃんとしている」「フォーマル」「社会人として当たり前」と思っている私のありようは、一応豊かな文明の中で生きているつもりだったが、ひょっとして不自然で不健康極まりないのではないか?

8センチヒール靴を履いた息子は「膝が曲がっちゃって立ってられないよ! なんだこれ!」と悲鳴をあげた
8センチヒール靴を履いた息子は「膝が曲がっちゃって立ってられないよ! なんだこれ!」と悲鳴をあげた

 女である私はハイヒール靴をファッションの選択肢として当然視し、痛くてもお洒落のためには我慢して履くことに慣れて疑問を持たなくなってしまっているけれど、男性はハイヒール靴を履くとどんな感想を持つのだろう。試しに、私と同じ靴サイズであるビジネスマンの夫と、中学生の息子に私のヒール靴を履いてもらった。彼らは異口同音に「つま先が痛い」「横もかかとも痛い」「膝が曲がって歩けない」「不快」「なんでわざわざこんなものを履くの? やめたら?」と、早々に脱いでしまった。

女性の職場ファッションにも「クールビズ」的な風穴を

 様々な男女がいる職場では可視化されてこなかった。しかし、働く女性たちは、職場でヒール靴を履くことを「社会人として当然のマナー」として強要されたり、暗黙の了解のもとで求められる問題に対してみなそれぞれに工夫したり自衛したり、あるいは明確なアンチとしての立場を表明している。「#KuToo」運動に寄せられた女性たちのツイートには、厳しい言葉が並ぶ。

 「ハイヒール履く自由も、履かない自由も与えられるべき!」
 「靴擦れや外反母趾の負担をどう思うの? そりゃ慣れるよ、見た目も良いよね。でも、それがマナーだなんて、纏足(てんそく)なのって話。履いて走ってみなさいよ。」
 「パンプスも大好きだけど、ハードに一日動くための靴じゃないよね。職場はもっぱらペタンコ靴か太めローヒール。十分スーツ勢と並んで違和感ないわ。」

 また、都内勤務の女性総合職(28歳)はこう語る。

 「痛みはほぼ毎日感じてます。厚め、薄め、シリコンなど多種多様なインソール(足の痛みを軽減する靴中敷き)を愛用。毎日同じ場所が痛くならないように、1日ごとに履くパンプスを変えたり、ヒールが7センチ高のパンプスの時は、翌日はスニーカーあるいはペタンコ靴で会社に行くようにしてます。イベント仕事はパンプス必須ですが、出番以外、あるいは通勤時はスニーカーで移動したり。働き始めた頃に比べて、ヒール靴を履く機会は減りました」

 以前ニュース報道の最前線を取材した時、そこでテレビ画面と時計をにらみながら時間勝負で働き、テレビ局内を走り回る女性たちのデスクの足元には脱いだ(あるいは来客に備えた)ヒール靴が散らばり、しかし彼女たちの足元はスニーカーであることに気づいた。逆に、海外大都市の大手企業で働く女性たちが、通勤はスニーカーで、職場ではヒール靴だった姿も思い出す。

 働く女性として、それぞれの職場で求められるマナーやTPOと折り合いをつけ、現実的に対応してプラクティカルに働いている彼女たちのスタイルは、きっと職場フォーマルの定義を現代的に更新しているのだろう。何が「ちゃんとしているか」なんて、結局社会通念も美意識もその人が所属する「世間」の価値観にすぎないのだ。

 今回の「#KuToo」運動には、男性から「革靴もつらい」との反応もあった。至極もっともなことだと思う。革靴だって硬いし蒸れるし擦れるしつらい。さらに言うなら、ネクタイだって暑くて苦しくてつらい。ジャケットだって重くて肩が凝ってつらい。

 どこかの男性ファッション誌が「ダンディズムとは我慢の美学だ」と書いていたのを思い出した。男性だって女性同様に「我慢が美学」とムリをしてきて、俺はダンディズム派だからムリが好きだと貫く好事家がいる一方、ムリはやめましょう、環境にも悪いし、と現実に対応してみんなで始めたのが「クールビズ」だったのではないか。

 ヒール靴やストッキングやブラジャーなど、シャネルがコルセットから解放した女性の洋装にもまだ制約が残り、女性たちにも内面化されている。私はそれが好きなのよという向きは、そのままでいい。だが日本の男性の職場ファッションに「クールビズ」が起き得たのだから、日本の女性の職場ファッションにだって「クールビズ」的な風穴が開いていい、いや、これからのためにしっかりと開けるべきだと思うのだ。

河崎 環(かわさき・たまき)
コラムニスト
コラムニスト。1973年京都生まれ神奈川育ち。慶應義塾大学総合政策学部卒。子育て、政治経済、時事、カルチャーなど多岐に渡る分野で記事・コラム連載執筆を続ける。欧州2カ国(スイス、英国)での暮らしを経て帰国後、Webメディア、新聞雑誌、企業オウンドメディア、政府広報誌など多数寄稿。2019年より立教大学社会学部兼任講師。社会人女子と中学生男子の母。著書に『女子の生き様は顔に出る』、新著『オタク中年女子のすすめ #40女よ大志を抱け』(いずれもプレジデント社)が6月15日発売予定。
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