この先5年のAI(人工知能)の技術進歩は、過去5年間とは比較にならないスピードで進む──。全米アカデミーと英王立協会は2019年5月24日、AIを巡る社会の課題について国際協力のあり方を議論する学術会議を開いた。AIの進歩がマクロ経済から個人の生活まで広範に影響をもたらす一方で、AIの作り手は限られている。政府の規制も後手に回り、運用などに関する国際的な協力関係の構築も遅れている。急速な進化を遂げるAIを巡る課題が浮き彫りになった。
会議は、カナダ・トロント大学ロットマン経営大学院に「創造的破壊ラボ」を創設し、AIのスタートアップを支援してきたアジェイ・アグラワル教授と、英オックスフォード大学のアンゲラ・マクリーン教授が共同議長を務めた。アグラワル教授は日経ビジネス5月20日号のインタビューで、会議開催の狙いについて「AIについては政策当局も含めた国際的な議論が必要」と指摘していた。

米国は50年、研究を続けてきた
会議ではまず、AIを研究するNPO(非営利組織)「OpenAI」のポリシー・ディレクター、ジャック・クラーク氏が登壇した。米国が、過去50年にわたって国家ぐるみでAIの研究を進めてきたこと、そして、この8年ほどで商用の研究開発が著しく進歩したことなどを網羅的に解説した。
ここ数年のAIの進歩の背景について「深層学習や強化学習(注:reinforcement learning、目標達成の最大化を扱う機械学習の一種)などAIの『学習』能力を高める技術が次々と登場した」と説明した。膨大なデータと安価で強力なコンピューターが普及したこと、さらに自動運転やデータを効率よく解析する自動データラべリングなど時代を決定づける大きな新技術が登場してきたことも、AIの開発スピードの加速を後押ししたという。
米中欧の45のスタートアップがAI用の最先端のチップ開発に取り組み、新たなアルゴリズムの開発も進んでいる。政府や民間の投資も活発で、「このトレンドはあと数年は続く」とクラーク氏は説明した。
米ホワイトハウス科学技術政策局でAIアシスタントディレクターを務める米テネシー大学のリン・パーカー教授は、政策的見地から見たAIの定義を説明。「AI」と言っても数多くの形式があり、それぞれできることが異なることに触れ、「認知」「自然言語の処理」「機械学習」「企画・推論」「知識の提示」そして「ロボット」の6つの分類を紹介した。
また、AIの技術が、教育や医療分野における生活の質の向上、法制度の強化や予測などによる国家安全保障の向上、ビジネスの様々な分野における経済的繁栄という3つの点で経済・社会を変えつつあるというプラスの側面を強調。一方で、「AIといっても1種類ではなく多岐にわたることが、人々に混乱を招いている」とも指摘した。
アップル、アリババなど7社がけん引
スコット・スターン米MIT(マサチューセッツ工科大学)経営大学院教授によると、大手グローバル企業の2018年3月の時価総額をみると、米アップル、米アルファベット(グーグル)、米マイクロソフト、米アマゾン、中国騰訊控股(テンセント)、米バークシャー・ハサウェイ、中国アリババ集団、そして米フェイスブックがトップ8に挙げられ、うち7社はAIに強みを持つ企業だ。
アグラワル教授は日経ビジネスのインタビューで「中国は人口が巨大で、データアクセスに関する政策も強い立場にあり、有利だ」「中国では、個人データへのアクセスが、AIのパフォーマンスを高めることに使われるだろう」と指摘していたが、米中の激しい覇権争いが既に始まっていることが見て取れる。実際、トランプ大統領は2019年2月11日、AIにおける米国の指導的地位を維持する大統領令を発令。米国のAI技術とイノベーションを促進し保護するための「アメリカンAIイニシアチブ」を立ち上げ、中国を警戒している。
AIを巡る開発競争が、国際的な経済力の優劣を決める決定打になりかねない状況にある。質の高い情報のインプットがAIの性能を高める以上、どれだけ自由に膨大なデータ、個人情報を扱えるかが、AIの品質向上のカギを握る。ビジネスだけでなく国際関係にも直接かかわる大きな問題である一方、AIの技術進歩は加速している。情報の扱いを巡る、国家的、国際的な議論が急務だ。
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