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 宇宙は、身も蓋もないぐらいに物理的な法則や工学的な技術が支配する世界だ。できることはできるし、できないことはできない。

 しかしその一方で、宇宙開発は多数の人間が参加し、多額の資金を費やす大変に人間的な営みでもある。人の世の営為ともなれば、そこには様々な思惑が絡み合い、虚々実々の政治的駆け引きが展開する。宇宙分野の意思決定では物理的・技術的な正しさと、“政治的な人の世の正しさ”を両立させることが必須となるのだ。

 多くの国が参加する巨大国際協力プロジェクトとなると、その中で2つの正しさを両立させるのは至難の業だ。国際宇宙ステーション(ISS)の次の国際協力を、山川宏JAXA理事長はどう進めるべきと考えているのか。

松浦:チャレンジングなミッションほど早めに研究開発の手を打って、成功確率を上げるというプロセス、「フロントローディング」が重要というお話をされました。フロントローディングをしていくに当たっては、最初のアイデアの芽の部分をどう目利きしていくかが非常に重要になりますよね。

山川:そうですね。

松浦:その目利きの部分というのを、どういうふうにやっていくおつもりですか。釈迦に説法ですが、例えば、インターネットの技術の基本は、現在の米防衛高等研究計画局(DARPA)、当時は高等研究計画局(ARPA)からの資金で開発されました。

 お金を付けたのは、当時補助金関連の部長を務めていたジョゼフ・カール・ロブネット・リックライダーという人です。彼が当時の最新鋭だった、タイムシェアリングシステムに理解があったことから、その発展系としてのネットワークの研究にお金が付き、インターネットの原型であるARPANETが生まれました。

 ところで、リックライダーがARPAの部長だったのは、ほんの5年程なんですよね。研究のコンセプトが持ち上がった時期に、たまたまリックライダーがお金を付ける責任者だったんです。結局、リックライダー個人の目利きの能力で、インターネットは始まったわけです。

 目利きの能力は、大変属人的です。これをどうやって組織の力にしていくのでしょうか。

まずJAXA職員を信じる、良いアイデアは会議では潰されない

山川:私の今の立場としては、JAXAの職員を信じることから始まります。JAXAには非常に優秀な人がいっぱいいます。JAXAは、人材の宝庫だと思っています。その人材の宝庫から出てくるアイデア、考えというのは素晴らしいものが多いです。

 それなりに大きな組織ですから、アイデアは何段階もの会議で評価を受けます。その上で、最終的に理事会議で判断を下す、という仕組みになっています。ここで重要なのは、「最初にアイデアを出す人だけを信じるということではない」ということです。途中の評価に関わる人も、JAXAが擁する優秀な人材なのだから、同等に信じるということです。

 先ほどのARPAのリックライダーの目利きについても、その目利きが結果を出すに当たっては、会議というプロセスの上に出て来たものなのではないでしょうか。

 私は個人の目利きも、会議による評価のプロセスも両方とも必要だと考えています。評価の仕組みがあればこそ、そこに切り込んでくるアイデアも生まれるというものではないでしょうか。確かに会議には無駄に思える部分は多々ありますが、一見無駄と思えることでも、そこに抗って出てくるという、「アイデアをふるいに掛ける」機能があると思います。そのプロセスがないと、出てこないアイデアもあるのではないかと想像します。

 後から見ると、だれか1人でやったかのように見えるけれども、実際にはその全体のさまざまな提案、そして会議があった上で、よいアイデアが出てきているんだと私は思っているんですね。全部が必要なのです。

 ですので、私は、今のJAXAの中で、無駄な会議はないと信じています。もちろん、いろいろな人と話をしていますから、私に直接意見が来ることもあります。様々なルートからのいろいろな意見を聞いた上で、目利きという表現がいいかどうか分かりませんが、私としては判断をしていきたいと思っています。

 幸い、これまでずっと直接的に「研究」と「技術開発」に携わってきましたので、多少なりとも、聞いた瞬間に何か変なところがあれば、なんとなく分かるものです。そこはある程度、自分のこれまでの経験を信じています。

 まとめると、会議を含め、アイデアが上がってくる、出てくる仕組みというものが、まず重要であるということです。その上で、“抗う”という表現はよくないかもしれませんけれども、1本すごく光っている、先鋭なアイデアが出てきた時には、それを見逃すことなく拾い上げることをしなくてはいけないとは思っています。その場合、最後の最後は、自分のこれまでの経験を信じてやっていくしかないのではないかと思いますけどね。

それでも「組織の都合」はあるのでは?

松浦:人が集まって知恵を出し合うと、どうしても人の作る組織の都合というものが入り込んできます。会議によるセレクションでも同様です。その一方で宇宙という場所は、物理現象が全てで、物理現象を軽視したプロジェクトには、失敗の運命が待ち構えています。アイデアを拾い上げる過程で組織の都合が、物理現象に優先する危険性についてはどう考えていますか。

山川:なにか例をご存じなのでしょうか。