オレクサンドル・キリリウクさんに解雇を告げる電話がかかってきたのは、ロシア軍がウクライナに侵攻した数時間後のことだった。勤め先の英ビール会社サミュエル・スミスがロシア市場からの撤退を決めたのだ。

 「2月24日、私たちは皆、新たな現実に目覚めた」。2018年から同社に勤務してきた33歳のキリリウクさんは語る。同社のビールはロシア、ウクライナ、その他近隣諸国で売り上げを伸ばしていた。

4月13日、オレクサンドル・キリリウクさんに解雇を告げる電話がかかってきたのは、ロシア軍がウクライナに侵攻した数時間後のことだった。写真は3月、ロシア・オムスクで、制裁を受け閉店した中古のアップル製品を扱う店(2022年 ロイター)
4月13日、オレクサンドル・キリリウクさんに解雇を告げる電話がかかってきたのは、ロシア軍がウクライナに侵攻した数時間後のことだった。写真は3月、ロシア・オムスクで、制裁を受け閉店した中古のアップル製品を扱う店(2022年 ロイター)

 皮肉なことに、キリリウクさんはウクライナ人だ。職を求めて旧ソ連諸国からモスクワに移り住んでいたが、プーチン大統領の侵攻に不意打ちを食らった数百万人の1人になる。

 西側のロシア制裁によって同国経済は急降下しており、インフレ率は2桁台、成長率はマイナス2桁台に陥る見通しだ。

 戦略研究センター(モスクワ)は、ロシアの失業者数が年末までに最大200万人増えると予想している。最悪の場合、失業率は2月水準の2倍の8%に近づく恐れがあるという。

 「ロシアは国際金融システムから強制的に追い出された。従って経済の構造全体が変わるだろう」と言うのは、オックスフォード・エコノミクスのタチアナ・オルロバ氏だ。

 「外資系企業と銀行の撤退に伴い、ホワイトカラーの失業が増えていくだろう。だが低賃金労働者を雇っていた小売りなどのセクターからも企業は撤退している」という。

 米エール大経営大学院の調べでは、侵攻以降にロシア撤退を発表した企業は600社を超える。もっとも多くの企業は、数カ月間は給与の支払いを続ける方針だ。

 西側企業によるロシア国内の雇用者数は、米マクドナルドが6万人余り、仏自動車大手ルノーが4万5000人、スウェーデンの家具大手イケアが1万5000人に上っていた。オルロバ氏は、西側企業の撤退により100万人近くの雇用が直接失われると試算している。

 西側がロシアからの輸入禁止に踏み込んだ場合、鉱業・石油企業は人員解雇を迫られるかもしれないとオルロバ氏は述べた。

 オンラインの人材採用プラットフォーム、ヘッドハンターを見ると、10日までの1週間の求職者数は、2月24日までの1週間に比べて約1割増えている。これに対し、求人件数は25%余り減少した。

次ページ 空港や美容院にも